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カストロとゲバラ

バイクで旅をするストーリーだったように思うが、何分古い記憶になるから場面が細切れでしか思い浮かばないモノクロ映画です。題名は”ゲバラ”だったと思う。

この記事は酒たまねぎやさんの記事より引用加筆転載です。以下

カストロは自らキューバの憲法に現役の権力者の偶像崇拝を禁止することを定めたそうで、そのために、キューバには最高権力者であるカストロの銅像、肖像画はおろか写真の一枚すら公の場所には飾られていないそうです。

そして、贅を尽くした私邸もなく、自ら二十年近く前に寄贈されたオンボロのベンツに乗り、銃を持った警備の人間もいない大衆の中に平気で入っていき、演説をして帰っていくそうです。

キューバはアメリカによる四十年にわたる経済封鎖により厳しい状況にありますが、ただの一人の餓死者も出さず、教育、医療に力を注いでいる。

多くの国民を餓死させながら自分たちはブタのように醜く太って、国中に豪華な私邸を建て、将軍様の銅像や写真があるだけでなく、恥ずかし気もなく自分の肖像のバッチを国民に付けさせている犯罪国家の北朝鮮とはえらい違いです。

北朝鮮とは違ってキューバは情報も統制されていないそうですから、国民は自ら得た情報にてそれなりの判断ができます。

北朝鮮ではあの喜び組のオネーちゃん達が外で見たことをしゃべったとかで強制収容所に入れられたとかいうニュースもありました。

そういえば、我が国の陸軍仕官学校に留学してきていたという蒋介石も台湾中に自分の像を造らせたそうです。東欧にもそんなアホな国があったような・・・。

カストロは1995年(平成7年)と2002年に来日しています。

その2003年3月1日に来日したカストロは、3月3日に広島の原爆慰霊碑を訪れ献花し、原爆資料館にも立ち寄った後に3月4日には離日しています。

原爆資料館の芳名録へは「このような野蛮な行為を決して犯すことのないように」と書いたそうです。

キューバ革命後、わずか七ヶ月しか経っていない1959年7月15日に来日したゲバラも、12日間の忙しい日程の中、日本側の組んだスケジュールには入っていない広島を自費で訪れている。

キューバに.戻った翌日の2003年3月6日に、国会の開会式でカストロは演説した内容はつぎのようなものだったそうです。

中国から日本に渡った。日本で、我々は歓待と敬意をもって受け入れられた.単なる立ち寄りであったけれど、昔からの揺るぐことのない友人たちが歓迎してくれた。

日本キューバ経済懇話会近藤智義会長と長時問の会合をもち、綿貫衆議院議長、三塚友好議連会長とも交流した。

橋本龍太郎元首相を表敬し、小泉純一郎首相とも会談した。日本側のイニシアティブのもと、誰もが関心を抱いている朝鮮半島の緊張状態に関する問題について話し今われた。(このニュースは覚えています。)

その詳しい内容については朝鮮民主主義人民共和国政府に伝えるつもりである。同国とは、キューバ革命勝利の時から友好的な外交関係を保ち合っている。(この後ではなかったか?小泉総理が訪朝したのは)

3月3日我々は広島に行った。平和記念資料館を視察し、慰霊碑に献花した。また、広島県知事主催の歓迎昼食会に出席した。

広島の一般市民に対してなされたジェノサイドについて、我々が受けた衝撃を述べるいかなる言葉もなく、いかに多くの時間を費やしても足りない。

あそこで起こったことは、いかなる想像力をもってしても理解することができない。あの攻撃はまったく必要性のないものであったし、モラル的にも決して正当化できない。日本は既に、軍事的に打ち負かされていた。

太平洋地域、東南アジアの日本占領地や日本の統治地域までもが、既に奪還されていた。〃満州”では赤軍の進攻が進んでいた。

戦争はそれ以上米国人の生命を奪うことなしに、数日で終わらせることができた。最後通牒でこと足りたはずであり、最悪の場合、あの兵器を戦場で、もしくは一つか二つの日本の厳密な意味での軍事某地に対して使用することで、戦争はただちに終わっていたはずである。

強硬派の圧力と主張がいかに強かったとしても。私の考えでは、日木が正当化できない真珠湾攻撃によって、戦争を始めたのであったとしても、子供、女性、老人、そして罪のないあらゆる年代の市民への、あの恐ろしい殺戮を弁解する余地はない。

気高く寛大な日本国民は、加害者に対して一言も憎しみの言葉を発しなかった。それどころか、そのようなことが二度と起こらないようにと、平和を願う記念碑を建てた。

何があそこで本当に起こったのかを人類が知るために、幾百千万の人々があの地を訪れるべきだと思う。私はまた、資料館でチェ・ゲバラの写真を見て感動した。

それは、人類に対する最悪の犯罪の一つを記憶する、慎み深くはあるが不滅の慰霊碑に彼が献花している写真であった。

九十年代半ばに「パリマッチ」のインタビューでカストロは資本家どもと共に私は地獄に落ち、マルクスやエンゲルス、レーニンに相まみえるだろう。


地獄の熱さなど、実現することのない理想を持ち続けた苦痛に較べれは何でもない。





フィデル・カストロ





チェ・ゲバラ


思想は違いますがカストロとゲバラに敬意を表します。

某専制国家、権力世襲金豚三代の末路を見届けたい。

おしまい。


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