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海ゆかば

『海ゆかば水漬くかばね 山ゆかば草むすかばね 大君の辺にこそ死なめ かえりみはせじ』

この大伴家持の歌には「戦う」という言葉も「勝つ」という言葉もない。中に出てくる「大君」という単語も必ずしも「天皇」に置き換えることはない。

大切な君でありさえすればよいのである。

あくまでも象徴であり、抽象であり、非合理な質的な発想である。

全体としての意味は、君のためならたとえ火の中水の中・・・、この身を犠牲にしてもなんの迷いも後悔もないという、まるで恋をしている若者のように心身を捧げんがための歌である。『海ゆかば山ゆかば』より

 


軍歌のない国でも国歌の歌詞には「戦え」とか「勝て」ということばが使われています。フランスの国歌には「血塗られた剣を引っさげて、皆立ち上がり進め」という激しい言葉が綴られています。

しかし、『海ゆかば』には、「戦え」も「勝て」もありません。それでいて当時強い戦意の高揚があったのです。大伴家持が生まれたときはわかりませんが、死んだのは785年のことです。

それが1000年以上も過ぎてから五線の楽譜に移され、少なくとも昭和20年までは歌い継がれたのです。そして、多くの日本人がこの歌を歌いながら、祖国への犠牲的精神の発露として散っていったのです。

これは「日本人の精神史の結晶」というべきものといえますね。考えてみると、日本の歌は中国や韓国は別として、それ以外の世界に通用しない独特のものです。

それは、歌の持つすべての味のようなものが、あまりにも独特であるためであると思います。

日本の歌は洋楽を根として、童謡、演歌、歌謡曲、校歌、応援歌、映画主題歌というように発展していったのですが、それでいて、その味わいが一種独特です。

シナトラやプレスリーやビートルズが世界中で通用するように美空ひばりや石原裕次郎の歌が、なぜ世界に通用しないのでしょうか。

終戦後の日本の教育では、日本の独自性、特異性、特有性というような民族性を強調することは軍国主義に通じるとして、マイナスなイメージとして教えられています。

しかし、日本という国はそんなに軍国主義的な国だったのでしょうか。むしろ逆ではないのでしょうか。現在、世界のどの国をとっても軍国主義でない国などほとんどないのですが。

 


http://www.agreenring.com/cgi/diary/diary.cgi

http://kaninosetogiwa.blog.fc2.com/

http://nanikani.iza.ne.jp/blog/



おしまい。

 

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1. 正鵠

おっしゃる通りです。


私は、


海ゆかば


最も好きな歌曲です。


第二国歌、応援歌


そう思います。


良い記事をありがとうございます。


雪 風 拝

2. Re:正鵠

>雪 風さん

これが日本人の心ですね。

コメントありがとうございます。
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