QLOOKアクセス解析

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

諦め(あきらめ)

男と品格は☆こちら☆から


どうにもならないことをくよくよと考えないで断念することを「あきらめる」といいます。

お釈迦さまは、悟りを開かれた後、ベナレスのミガダーヤで5人の友人たちに、初めて法を説かれました。

初転法輪(しょてんぽうりん)と呼ばれているのがそれで、その説法の内容が「四諦」の教えでした。


諦とは「まこと」とか「真理」という意味で、動詞として読むときには「あきらめる」すなわち、「明らかに真実を見る」という意味なのです。


お釈迦さまはその悟りの内容を、苦諦(くたい)・集諦(じつたい)・滅諦(めつたい)・道諦(どうたい)の四つの真理に分けて教え、それを見ることによって、真理を知ることができると説かれました。


だから、諦という語は、現在のように消極的な用い方ではなく、真理を悟るという力強い語なのです。

しかし、その時、自分一人の力ではどうにもならないことを悟るのが、本来の意味なのかも知れません。

こちら
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

1. はい

往生際わるいです(笑)

明らかにみる

全て受け入れて
なかなか諦められない煩悩という名の我があるうちはどうしましょうか

とりあえず走ってきます

2. Re:はい

>Franさん

おはようございます。

煩悩は生きている間お付き合いしなければならない相手ですね。
最新記事
フリーエリア
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧
フリーエリア
プロフィール

Wolfgeneral

Author:Wolfgeneral
訪問いただきありがとうございます。
何もありません。稚拙な記事以外は^^;
それでも閲覧したい方は自己責任でお願いします。
尚、後遺症が出ても一切の責任は閲覧者に帰するものとします。

フリーエリア
追記予定
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。