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笑う力もない


南三陸町の中心の避難所がある総合体育館で31日
避難先が同県大崎市の鳴子温泉と分かった瞬間
佐々木とし江さん(79)は膝を折って泣き始めた。

住み慣れた町を離れるのは心細い。
できるなら残りたい。
でも車も家も電話もない。
電気も水も何もないのに家が建つはずもない。
町はもうダメ。
離れるしかない。
笑う力もない。

とし江さんは腰を痛め、通院を続ける。
避難所は寒い。
昨年4月に夫が死亡し
今回の津波で唯一残っていた兄が命を落とした。

知的障害を持つ孫の賢さん(26)が
「ばあちゃんとこさ行きたい」と
4キロ離れた避難先からやってきた。
「孫も体調が悪いから避難所にはずっとおれないしね」
鳴子温泉には賢さんと向かうつもりだ。
80年生きたからもういい。
鳴子行って1年、2年したらもう…。
毛布の上で声を詰まらせた。
ぎゅっと閉じた目に涙がにじんでいた。


言葉になりませんね(涙)

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総理官邸で谷垣総裁、石破政調会長らが直接菅総理に申し入れを行う。


自民党の「緊急提言(第1次)」を政府に提出。


政府が不要不急な政策を撤回したうえで、この危機に国として

全責任を持ってあたる」との決意で対応することを強く求めつつ

自民党の具体策を提示。



内容
「避難所対策」「被災者支援」「ライフラインの復旧」

「産業の復興」「生活・産業インフラの復旧等の支援」

「農林水産業支援対策」「応急仮設住宅の建設促進」など

160項目以上の多岐にわたる提言。




いくつか紹介すると、燃料の配給の徹底

初期診療を行う避難所救護センターを避難所ごとに設置

授乳などについて女性に特別な配慮を図るための

母子コーナーの設置

新たな住宅取得支援、病院・老人ホーム等の

入院・入所基準緩和

震災遺児が安心して成長できるよう里親制度の

充実強化漁船の再取得支援

被災県ごとに国の責任で創設する

「思いやり基金」

被災自治体が自由に使える大規模な

「災害臨時交付金」など。


政府も非常に前向きにとらえてくれたそうなので、提言した内容が実行されるよう強く望みます。










選挙の結果 Q&A



民主党の国会議員と

共産党の国会議員と

社民党の国会議員と

国民新党の国会議員が

総選挙で落選した。

どちらの党の落選者が多かったでしょう?


















そんなの誰が気にするっていうんだ!?



原発冷却作業参加の下請け企業作業員



行ってすぐに後悔した

福島原発の冷却作業には、東電の下請け企業の職員も参加している。冷却作業に参加した作業員によれば、地震直後の2~3日は徹夜での交代体制で、食事もビスケットとペットボトルの水など、ろくなものがなかったという。

水が止まり、シャワーも浴びることができないなか、みなの口癖は「頭かゆいな」だった。厳しい状況下で、彼はなぜこんな危険な仕事を引き受けたのか。
 
僕たちは下請けなので復旧作業がどう進められているか詳しくはわかりません。作業員は僕のように下請け会社で受けたり、個人で受けたり、様々な形で募集が広く行なわれています。

高額な報酬に心が動いたのは確かです。でも、今後の仕事のことや人間関係などを秤にかけて、特に人集めに必死だった社長の説得に押し切られて。でも、行ってすぐに後悔しました。

正直、この件についてはもうこれ以上話したくないです。これは口止めされているからというだけではない。もしかしたら将来身体にさしさわりがあるくらい被曝してしまったのではないかと不安で・・・


東電が安全を考慮してくれているのはわかっているが――そう断わりながら、彼はつぶやいた。
 

なお、彼は報酬額について話すのを避けたが、関係者によると同種の作業には日給8万円で募集がかけられているという。原発作業員は、確かに自衛隊やハイパーレスキューのような強い使命感を持った人ばかりではないだろう。

彼のように、様々な事情から嫌々作業に入り、現場から逃げ出したい恐怖心でいっぱいな人も多いはずだ。


http://www.news-postseven.com/archives/20110330_16101.html

民放テレビ 被災者を泣かせる過剰演出はもう止めての声出る


視聴者の声


ある民放番組ではアナウンサーが被災現場に入って亡くなった

家族のことを被災者から聞き出しては泣かせる

といった現場レポートをしていました。

今回の激甚災害の過酷さを、視聴者はすでに直感的に理解しています。

これ以上、余分な強調や増幅はいりません。

被災者に水をむけて泣かせようというのはテレビ局自身のための演出行為に見えてしまいます。




「メディア」の語源は
「ミディアム」=「間に入る」「媒介」という意味です



アナウンサーの問題行動、問題発言が頻発にあり、視聴者、特に被災者に反感が生じている。


火災現場上空でヘリを飛ばし火災を増大、現場作業を邪魔するインタビューなどはもってのほか。


各社の協力で重複しない報道活動をすべきだし、風評被害を報道することも止めるべき。

各放送局がニュースソースを分担して放送して欲しい。

各放送局のニュースは同じものばかりで、お涙頂戴を狙いすぎ。

特に、キャスターが意味不明な質問をしている〇ジは報道をしないで欲しい。

やっぱり1局に集中して節電したほうが良い。

以下、割愛

やっていることは東電の下請け広報業務

大事な場面では決断から逃げ、一方で国民向けには
5万人動員、10万人動員、と自衛隊の活動人数を宣伝して
指揮権、を誇示して見せるパフォーマンスは、あまりにも醜悪だ。

現地に派遣された陸上自衛隊の佐官が唇を噛む。

人数ありきの派遣だったので、
救援活動に適した部隊、装備が整っていない現場も多い。

救援のプロとして派遣されたはずの隊員が、ボランティアと
同じ作業しかできないというケースが多々あるのは悔しく思う
。しかも、一度に10万人も動員したから
交代要員もおらず、疲労だけ


敗戦直後の混乱期、日本は工業生産力を回復させるため、
資材と資金を石炭、鉄鋼など基幹産業に優先的に配分して増産させ、
インフラを整備するという「傾斜生産方式」をとった。

現在の状況も、現実に電力が足りないなかで復興を進めなければ
ならないのだから、どの産業や地域に電気を優先的に配分すれば
よいかを政府が判断すべきなのだ


批判や責任問題が生じることを覚悟してでも、ある程度の強権、
超法規的措置が必要な場面である。

危機管理の専門家、大泉光一・青森中央学院大学教授はこう語る。

国家的危機においては、政府が法律に基づいて電力供給をコントロールするのが当然です。

政策当局でもない一企業に、どの地域や産業に電力を回すかの優先順位を決めることはできない。だから地域ごとの輪番停電になっている。政治の責任放棄で、経済にもマイナスが大きい」



緊急時に備え通販をはじめました。


atyの徒然ブログ
強盗が来た時はこれに限ります。ただ黙って渡すだけで効果がその場で出る優れもの。家庭に置いておきたい方是非どうぞ!。毒者様には極秘裏に販売させていただきます。海兵隊もびっくり!














atyの徒然ブログ
亡国寸前の某国が押し寄せてきた時の備えとして是非どうぞ!
今回は下請け経由で宅配いたします。産直!価格はリーズナブルで尚且つ高性能。






















速さが売りのミケネコ投下便
atyの徒然ブログ
ナヴィを見ろナヴィを!!













ナイショに(*^^)v





礼儀正しい被災者に感銘=東北に派遣の米救援隊員


 【ロサンゼルス時事】

東日本大震災で、米国救援隊の一員として東北地方に派遣された日系4世の消防士アツシ・ウエハラさん(42)が29日、ロサンゼルス市内で救援活動についての報告会に出席、災難のさなかでも礼儀正しい被災者の姿に感銘を受けたと語った。
 
ウエハラさんは地震翌日の3月12日、ロサンゼルス郡消防局の同僚73人と共に青森県の米軍三沢基地に到着後、1週間にわたって岩手県大船渡、釜石両市で活動。被害の甚大さを目の当たりにし、両親ゆかりの広島に行った経験から「原爆投下後の広島を連想した」というほど驚いた。
 
そんな中で「倒壊したカラオケ店のそばにいた女性オーナーが、『何もありませんが』と言って煎餅を差し出してくれた」ことに最も強い印象を受けたという。


海にまつわるちょっと良い話


トルコ軍艦の悲劇

  明治時代に日本から帰国中のトルコの軍船エルトゥールル号が
  嵐で日本の小さな村の海岸で座礁し
  村の人たちは嵐の中、必死に救助しました。
  貧しい村でしたので非常用の鶏までも与えて救助しました。

台風が大島を襲ったのは
  明治23年9月16日の夜であった。



エルトゥールル号の遭難


 エルトゥールル号の遭難 



情けは人の為ならず・・・









フランスより心強い応援がくる

原発の先進国からの応援は心強いかぎりだ。何故もっと早く応援を頼まなかったのか、初動の遅れは何時までも続く。

原発を容認してきたが、反対に回らざるを得ない。

サルコジ大統領もお見えになるとか。

とにかく早く収束に向かう事が求められる。

懐かしい思い出




若き頃この曲の作曲者である高木東六先生の、とある酒席の末席に加えていただいたことがあります。
ユーモアもぴか一の方で、ファンであることを憚らないジャイアント馬場さんとの温泉でのお話が印象に残っておりますので一部を紹介させていただきます。

湯船に先に入っていたのが馬場さん、後から入ったのが東六先生、馬場さんの反対側に行こうと湯船に沿って歩いていたら、痛い!俺のを踏むな!と怒鳴られたんですよ。

完全な下ネタですが下品さが全くなかったですね。

偉大なる両大先輩、もう時効ですからいいですよね m(_ _)m

石炭成金


急速な経済成長に伴って、石炭の需要が拡大している中国では、石炭の値段高騰によってにわかに大金持ちとなった石炭採掘業者が多くおり、「煤老板」(メイラウバン)と呼ばれている。中国で石炭を意味する「煤」に、中小企業の社長を指す言葉「老板」をくっ付けた造語で、金にものを言わせる傲慢で非常識な人とのニュアンスがある。インターネットには「煤老板」の金銭感覚を皮肉る小話が多く出回っている。

ある煤老板は自動車販売店で外国製高級車を購入。その一週間後に、同じ販売店に現れ、「この間買った車をもう一台」と注文した。驚いた販売スタッフが「もしお車に問題があれば、無料で交換いたしますが」と応じると、「いや、別に故障したわけではない。車の灰皿がいっぱいになってしまい、捨てるのが面倒くさくて」と答えたという。

また、ある煤老板は得意先と一緒に高級レストランに入るなり、「今日は大事なお客さんの招待だから一番高い料理を持ってきてくれ」と大きな声で叫んだ。ウェイターが持ってきたメニューを開き、68元、78元(1元は約13円)などの一品料理の値段表示を指差して、「料金が2桁の安い食いものばかりではないか」と文句を言った。

3桁のお料理は後ろの方にございます。

との説明を受け、メニューをめぐり続けた煤老板は最後のページに目が留まった。
「なかなかいいものがあるのではないか。
この8桁の料理を作ってくれ」と注文した。

するとウェイターは「申し訳ありませんが、この数字は料理の値段ではなく、弊店の出前用の電話番号でございます」と言った。



誇張されていますが、揶揄される対象にはこういう人を含め、俗に富豪といわれる人が(ある意味成功者)日本の人口に匹敵するほどいます。老婆保護法を作ったお国柄、揶揄した小咄も多く出ています。

誹謗中傷


貴紙のコラムでアイルランド人をアホだとするジョークを載せるのは、

アイルランド人全体に対する誹謗中傷であるのでやめてもらいたい。
 
もしこの警告にもかかわらず、アイルランド人ジョークを載せるのであれば

我々アイルランド人は、

以後貴紙を読んで聞かせてもらうのをやめる!!


金正日総書記バンザイ!


中国のインターネットでよく話題になるのが
「北朝鮮」にまつわる小話。


北朝鮮のある農村に流れる川で
男が幸運にも大きな魚を釣り上げた。
子供たちに今日こそおなかいっぱい
食べさせられると意気揚々と自宅に帰り
妻に料理を頼んだまではいいが・・・

あんた、この魚を揚げろっていったって

家には油がないのよ!と妻はふくれっ面だ。

せっかく釣って帰ってきてやったのに。

むかっ腹の男は

だったらこいつを煮ればいいじゃないか!

お鍋がないわ!

焼け!

なに言っているのよ!

薪だってないのに!

怒った男はつかんだ魚を川に投げ込んだが

すんでのところで助かった魚はうれしくてしかたない。

水の中でグルッと回り、思いっきり水面の上に飛び上がって

得意げに右のひれを高々と上げて叫んだ。














金正日総書記バンザイ!

日常会話に多く出てくる仏教の言葉


【経営】

仏教用語だったって知ってましたか?

経営は、仏教用語といっても、インドから伝わった言葉ではなく、禅寺から生まれた言葉だそうです。
禅寺で、大きな法要を行うときその運営がスムーズに行くようにしたり、プロジェクトが大きいので、それを苦労して、成し遂げる様子のことを「経営」と言ったそうです。


そして、「経営」の「経」は、地図の「緯度」や「経度」という言葉の「経」と同じく、布を織るときの、縦糸の事を言い、縦に筋がきっちりと通っている事を指しているそうで、命令系統が上から下に行くという意味ではなく、人としての筋道を通しているかということなのだそうです。



【自由自在】

仏教では、あらゆる束縛から解き放たれた境地を「自由」といいます。悟りの境地のことです。他のものの影響や支配を受けることなく、独立自尊で、それ自身において存在することのできる、安らかな境地をいいます。

 自由であれば、自分の思い通りの存在となれるので、これを「自在」といいます。

仏や菩薩はそのような力を具えているので、仏のことを自在人といい、観世音菩薩のことを観自在菩薩といいます。その自在の力には、世の中を見抜く自在、説法・教化をなしうる自在、自由に種々の国土に生まれ、国土を清浄にする自在、寿命を伸縮できる自在など、種々の自在が説かれています。

だから、自由自在とは、何ものにもとらわれることのない、のびのびとした安らかな心身の境地と、そこから現れる、とらわれない働きをいうのです。

決して、わがまま勝手なことではありませんぞ!




【隠密】

仏教では、仏の教えの本旨が表面に出ないで、言説の裏に内深く隠されていることをいいます。



【懐石】

仏教では、インド以来「非時食(ひじじき)戒」という定めによって、修行僧は正午から翌日の暁まで、食事を禁止されていました。現在でも南アジアでは、厳守されている定めです。

そこで修行僧は、あたためた石を布に包んで腹に入れ、飢えや寒さを防いだのでした。これを薬石(やくせき)といいます。

後に禅宗では晩に粥(かゆ)を食べたところから、一般に夕食のことを薬石と呼んでいますが、それは僧が健康を保つための薬という意味なのです。

あたためた石をふところに入れて腹をあたためる程度に、腹を満たす料理という意味から、懐石料理となりました。



【葛藤】

葛藤は「かずら」と「ふじ」です。ともにつる草で、絡まりあったり、まとわりついたりするので、一般には、悶着・相克・抗争の意味に使われ、欲求の心中での対立という心理学の用語ともなりました。

仏教では、このつる草が樹にまとわりついて、ついには樹を枯死させてしまうように、人が愛欲に堕すると、自滅してしまうと教え、愛欲煩悩を「葛藤」に例えています。(出曜経)

禅では、文字・言句のみにとらわれることに例えています。そして、このように絡み合っているところを、一挙に断ち切る一句を「葛藤断句」といいます。



今日はここまで、




文末になりましたが、我が家を期間限定無しで被災者に提供(私も同居)させていただこうかと考えています。築後相当年月が経っているあばら家ですから多くて三名までが限度です。人が三人集まると「大丈夫」となるそうです。

乗りやすい 乗せられやすい日本人


メディアの音頭とりで商戦にまんまと乗せられるのが日本人


【バレンタインデー】

バレンタインデー あるいはセントバレンタインズデー(St. Valentine's Day)は、2月14日に祝われ、世界各地で男女の愛の誓いの日とされる。もともと、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日であるとされているが、これは主に西方教会の広がる地域における伝承である。聖ウァレンティヌスを崇敬する正教会の広がる地域では、西欧文化の影響を受けるまでこのような習慣はなかった。



日本のバレンタインの習慣は諸説あるが、どれもお菓子メーカーが打ち出した広告的戦略であったとされる。

1936年の神戸モロゾフ製菓説
1958年のメリーチョコレート説
1960年の森永製菓説
1965年の伊勢丹説
1968年のソニープラザ説

現在の日本では、菓子業者にとってはクリスマスと並ぶかき入れ時で、外せないイベントになっている。

中には12月から2月までの短期間で年間売り上げの半分を売る会社もある。最近では2月初旬にチョコレートが大量に消費されるのを当て込んだ海外の業者も販売合戦に加わっている。







【ジューンブライド】

直訳すれば「6月の花嫁」
6月に結婚した花嫁は幸せになれるというもともとはヨーロッパからの伝承ですよね。その由来は諸説があり、6月すなわちJune という月名が、ローマ神話の結婚をつかさどる女神であるジューノ "Juno"(ギリシア神話では女神ヘラもしくはヘーラー)からきているため婚姻と女性の権利を守護するこの女神の月に結婚すれば、 きっと花嫁は幸せになるだろう、とあやかってとする説。

その昔、ヨーロッパでは、3、4、5月の3ヵ月間は結婚することが禁止されていて6月は結婚が解禁になる月であるため、6月になっていっせいにカップルたちが結婚し、 周りの人達からの祝福も最も多い月だったとする説。

ヨーロッパの6月は1年中で最も雨が少なく良いお天気が続くため、はつらつとした季節の始まり、若者の季節と呼ばれ季節的環境がベストな月であり、 加えて復活祭も行われる時期であることから、ヨーロッパ全体が祝福ムードで溢れ、6月の花嫁は幸せになれるとする説などがあります。(日本は雨季)
ま、幸せになれるんだったらいいでしょ。


atyの徒然ブログ
クリスマス 否定も肯定もしません。

ハロウィン 否定も肯定もしません。


クリスチャン以外は縁の薄い仏教徒の多い日本人です。
浮かれる前にもっと日本の良き伝統文化を知ってほしいne。

我が家では娘達が友達と外で便乗するのは黙認
家では普通の日でした。


便乗して馬鹿騒ぎするのが最も苦手な私です。

余り知られていない事、海外からの救助チーム活動場所


ウズベキスタン共和国からの支援物資の受け入れ
1.今般の東北地方太平洋沖地震を受けて,3月22日(火曜日)午前,ウズベキスタン共和国からの支援物資(長靴2,000足,テント200張,毛布2,000枚)を乗せた同国特別機が成田空港に到着し,23日(水曜日),福島県に対しテント及び毛布が,24日(木曜日),宮城県に対し長靴が,それぞれ届けられました。




トンガ王国からの義捐金の寄付平成23年3月25日
1.今般の東北地方太平洋沖地震を受け,トンガ政府から,義捐金20万パアンガ(約900万円)の寄付がありました。





サモア独立国からの義捐金の寄付

1.今般の東北地方太平洋沖地震を受け,サモア政府から,義捐金10万米ドル (約800万円)の寄付がありました。





ラオスからの義捐金の寄付等

1.今般の東北地方太平洋沖地震を受け,ラオス政府から10万米ドルの義捐金の提供がありました。同義捐金は,日本赤十字社を通じて震災対策などに使われる予定です。また,3月20日(日曜日),第9回ラオス人民革命党大会に出席するラオス各地の代表団より,約9万米ドルの義捐金を提供することが表明されました。






カンボジアからの義捐金の寄付等

1.今般の東北地方太平洋沖地震を受け,ノロドム・シハモニ国王陛下(H.M.Preah Bat Samdech Preah Boromneath NORODOM SIHAMONI, King of Cambodia)をはじめ,カンボジア各界からお見舞いとお悔やみのメッセージが寄せられています。犠牲者の救済のため,カンボジア政府からは10万米ドルの義捐金,カンボジア赤十字社からは2万米ドルの義捐金の申し出がありましたが,その他にも,23日までに,多くのカンボジア国民の皆さんから,計21万1,206米ドルの義捐金が在カンボジア日本大使館に寄せられています。





パキスタン・イスラム共和国政府からの救援物資の受け入れ平成23年3月25日

1.今般の東北地方太平洋沖地震を受けて,3月26日(土曜日)午後,C-130輸送機計2機にて,パキスタン政府から救援物資が到着する予定です。

2.パキスタン政府からの支援物資は,高カロリービスケット13.5トン,常温保存可能牛乳パック9トン,ミネラルウォーター0.75トンで,被災地に配布される予定です。






ベトナムからの義捐金の寄付等

1.今般の東北地方太平洋沖地震を受け,ベトナム政府から義捐金20万ドルの提供がありました。同義捐金は,日本赤十字社を通じて震災対策に使われる予定です。また,多くのベトナム国民が自ら所属する職場や団体単位での義捐金募金に参加して頂いております。






インドからの支援隊の受入れ平成23年3月25日

1.今般の東北地方太平洋沖地震を受けて,3月28日(月曜日)朝,JL740便にてインドからの支援隊46名が成田空港に到着予定です。

2.インド国家災害対策局の支援隊の46名は、宮城県の被災地で活動予定です。

3.インド政府からは,既に2万5000枚の毛布及びミネラル・ウォーター約1万3000本の提供を受けており,被災地に順次配布されています






スロベニアからの義捐金の寄附平成23年3月25日
1.今般の東北地方太平洋沖地震を受け,スロベニア政府から,同国政府として15万ユーロ(約1,730万円)の義捐金をスロベニア赤十字社経由で提供する旨の連絡がありました。








タンザニア連合共和国からの義捐金の寄付

1.今般の東北地方太平洋沖地震を受け,ンドゥガイ・タンザニア国会副議長(Hon. Job Yustino Ndugai, Deputy Speaker of the National Assembly)から,同国国会として義捐金2600万タンザニア・シリング(約140万円)を寄付する旨の申し出がありました。



海外からの各チーム活動場所


海外からの救助チーム・専門家チーム


海外から来ていただいてる皆様ありがとうございます。

「島々」に残されている人々

「島々」に残されている人々


被災地の状況は、想像を絶しています。まず第一に、自衛隊や救助隊、警察などの当局がすべての避難所を把握しているのではないということ。「避難所」というと学校や体育館、公民館などをイメージする人が多いと思いますが、必ずしもそうではありません。


 海辺まで平野部が広がっている宮城県の沿岸では、工場や住宅、商店などが広がっていた市街地に津波が押し寄せ、地震による地盤沈下の影響もあって、水が引かずに浸水したままになってしまっています。

この結果、被災地では広大な海が広がり、その海の中にぽつんぽつんと浸水しなかった場所が「島」のようにあちこちに残されているような状況。そしてこれらの無数の「島々」に、被災者が残されています。彼らの一部は潰れなかった誰かの家に集まり、別の一部は潰れなかった居酒屋の店舗内で助けを待っています。


これらも「避難所」なのです。しかしこれらの避難所は、陸路ではたどり着けません。ヘリコプターなどで上空から調査発見するしかありませんが、寒さで死にかけた人たちが建物内に残っている場合には見つけることもままなりません。








世界が震撼!原発ショック悠長な初動が呼んだ危機的事態


長いですから読まないかも、いや、読んでください (*´艸`)

東京電力の福島第1原子力発電所で起きた事故は峠を越える手前にまできた。原発は一民間企業の負うリスクを超えたものだと明らかになった。それでも東電はすぐにはつぶれない。あまりに悠長な体質がもたらした初動ミスが東電解体への序章となるだろう。(「週刊ダイヤモンド」編集部 片田江康男、小島健志、柴田むつみ)

以下、全文


ある政府関係者は東京電力の対応に怒りをあらわにする。

「(3月14日に)2号機の燃料棒が露出したとき、東電側は『全員撤退したい』と伝えてきた。撤退したら終わりだった。絶対に止めなければならなかった」

あの時点で撤退とは無責任極まりない。この政府関係者は、事故の初動から東電の対応に不信感を抱いていた。

地震発生時の11日、福島第1原子力発電所1~3号機は自動的に止まったものの、津波により外部の設備が使えなくなった。予備の電源も失われ原子炉内を冷やすシステムも動かなくなった。炉内を冷やさなければ、燃料棒が溶け深刻な事態を招く。東電はまず電源を復旧しようと電源車を送った。しかしそれをつなぐ部分が水没しており結果的に失敗した。

そのうちに1号機では炉内の熱で水蒸気が発生し、圧力が高まっていった。破裂しないうちに放射性物質を含む水蒸気ごと逃がし、圧力を下げる必要があった。これをベント(排気)という。「ベントをやらなければならなかったが、本店は非常に消極的」(政府関係者)という状況だった。


福島第1原発の現場責任者は、吉田昌郎・執行役員発電所長である。その陣頭指揮は光っていたようだ。「吉田所長は勇敢で現実的だった」と政府関係者は言う。「しかし、本店を経由してしか現地に連絡できなかった。だから12日朝、菅直人総理がヘリで現地に飛び『ベントしろ』と言った。吉田所長の背中を押しに行ったんだ」(政府関係者)。

はたして12日午後、ベントが行われたものの、格納容器内で発生した水素が建屋に漏れ、水素爆発が起こった。14日には3号機でも水素爆発が起き、安定的だった2号機でも炉心の水位が下がり、燃料棒が露出して空炊きという非常に危険な事態となった。水を入れる必要があった。


冒頭の「全員撤退」という話が飛び込んできたのは、そのときである。政府側はあわてた。


政府側が現地に連絡すると、吉田所長らが懸命に注水作業をしているところだった。そして、「水が入った」と言っているのに東電はいっこうに発表しない。

「とにかく、本店と現地に温度差があった。そもそも予備電源が切れたときの想定がなくて驚愕した。最初から自衛隊でも警察でも使えと言っていたのに、本店はあまりにも悠長だった」と、政府関係者は言う。

プラントメーカーの東芝首脳も唇をかむ。

「最も原発を知っている技術者たち専門家集団は地震直後からスタンバイしていた。東電の本店の廊下にもいた。しかし部屋に入れてもらえなかった。東電とメーカー、官邸が仲間になれたのは地震発生の3日後だった。もっと早く手を打てたはずだ」

それに対して、東電の武藤栄副社長は「全員撤退については言っていない。プラントや通信の状況が悪いなかで、ともかく人身の安全が重要だという判断で、プラントの保守や保安に必要な人間だけを現場に残し、それ以外の人を一時的に避難させた」と言う。初動についても「状況を見ながら適切に判断してきた。最大限の努力はした」と話す。

いずれにせよ、当初は東電内で事をすませようとしたことは間違いないようだ。政府は15日朝、東電と一体となって危機対応に当たるべく統合対策本部を設置した。

事態を好転させたのも本店ではなく現地の英断だった。18日にはプラントの電源を復旧させるため、送電線から回路を引き下ろす作業が行われた。そのさなか、自衛隊によって3号機の原子炉内を冷やすための放水作業も続いた。

東電関係者は興奮気味に語る。

「放水作業のなか電線工事をすることは作業員の安全を確保できるものではなかった。何が起こるかわからないからだ。本店と現地は何時間も議論した。本店は『自衛隊の放水は止めてもらえ』とまでなった。だが吉田所長が『やる』と判断した」

ぎりぎりの選択だったが、この工事は成功。現場でも本店でも拍手が起きた。「本店がいろいろと言っても吉田所長は『評論家はいらない』と取り合わなかった。彼がいなければ現場も本店もパニックだったろう」(東電関係者)。

本稿執筆の22日時点、電線の工事は進みプラントに電源がつながった。電源の復旧は原子炉を制御するうえで大きな意味を持つ。

現在も、詳細は下図に示すように予断を許さない。放射性物質をまき散らしており、健康被害や農作物、水産物への影響も計り知れない。だが、状況が改善に向かっているのは確かだ。
atyの徒然ブログ




【それでもすぐつぶれない経営が直面する難題】

国内のみならず、世界を恐怖に陥れている福島第1原発事故。その張本人である東電の今後については、「事後処理に莫大なカネがかかる。さすがにつぶれてしまうのではないか」と思う読者が多いだろう。だがじつはそう簡単にはつぶれない。東電の“懐”は、五つの点で無事なのだ。


まず増資で得た資金だ。東電は昨秋、29年ぶりの大規模公募増資を行い、約4500億円を得ている。本来は海外投資など成長分野に投じる資金だったが、今回の事故の対策費に充てざるをえない。


次に巨額な引当金だ。原発関連を単純に積み上げると、解体費用など約2兆円の引き当てがすでにすんでいる。福島第1原発だけで案分しても約7000億円分あるのだ。もちろん、再処理や新潟県中越沖地震の復旧費など「直接は関係しない」(東電広報部)というが、用途の変更ができれば使うことができるだろう。

さらに原子力損害賠償制度もある。日本原子力産業協会によると、津波や地震の場合、1発電所1200億円までは政府から賠償金が支払われる。すでに政府に補償契約料を支払っているためだ。それ以上になっても政府が必要と認めれば「援助」がある。今回の震災が「異常に巨大な天災地変の場合」となれば話は変わる。なんらかの「政府の措置」がなされる可能性がある。


そして最後は“伝家の宝刀”を抜けばよい。電気料金の値上げである。国の許認可が必要なものの電力会社が社会に必要とされる以上、値上げは不可避となるだろう。いずれにせよ収支の帳尻を電気料金で合わせることができる。

しかし、今後1年間という短期で見た場合、キャッシュフローの点では大きく二つの難題がある。


1点目が電力の供給だ。現状は約3800万キロワットの供給能力に対して、東電の藤本孝副社長は「なんとか夏までに5000万キロワットの供給力を確保したい」と述べる。夏は冷房により需要が約6000万キロワットまで増える。冬も暖房により約5000万キロワットは見込まれ、綱渡りの状況が続く。


なぜならば、電力はためることができない。「同時同量」といって、最も需要の高まる時間に合わせて供給力を上げなければならない。ガスタービンの新設や他の発電所からの電力購入、燃料の調達など、費用を度外視してなりふり構わず供給力を高めなくてはならない。
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オール電化営業もストップした。東電の島田保之執行役員営業部長は「節電と計画停電をお願いしているなか、進められる状況ではない」と言う。計画停電か節電か、はたまたサマータイム導入など制度変更かといった、国民を巻き込んだ停電への備えをしていくことになる。電気料収入は少なくとも2割程度は減るだろう。

2点目は原発への対策だ。福島第1原発の1~4号機は海水が入っており廃炉は免れない。むろん、7~8号機の新設計画は白紙とならざるをえない。20年ぶりに着工した東通原発の建設も凍結。柏崎刈羽原発への津波対策も急務となる。

収支も悪化する。東電は柏崎刈羽原発で1基110万キロワット分が稼働したら、燃料費等を抑えられ、月に約90億円の収支改善に至るとしている(2011年3月期第3四半期決算)。この前提を踏まえ福島第1、第2原発の910万キロワット分が単純に停止し続けると考えると、月に約750億円の収支悪化につながっていく。「金の卵を生む鶏の首を自ら絞めた」(他電力の原子力関係者)というとおり、原発はキャッシュの源泉だったのだ。

【一民間企業の限界を露呈、不可避の電力体制の再編】

これだけではすまない。すでに東電解体、電力再編へと波紋を広げる一石は投じられている。


今回の事故から原発のリスクは一民間企業で負えないことが証明された。東電が内向きに解決しようとして初動が遅れたことからも、今後は政府の関与を強める声が当然上がってくる。そもそも、世界的に見ても政府の関与を直接的に受けずに民間が原発を稼働している国はまれだ。


今、原発は発電電力量の約3割を占める。これを止めれば、ほとんどの地域で計画停電が必要となる。原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「現実的に原子力がやめられないのなら国が責任を持ってやればよい」と話す。核のゴミである使用済み核燃料の廃棄等も民間で負えるリスクを超えている。東電が手に負えないものを地方電力会社が負担できるわけがない。原子力部門の分離、国営化が現実味を帯びてくるだろう。

また今回、東日本の周波数は50ヘルツで西日本は60ヘルツと、東西の電力が融通できないことが広く国民に知られるようになった。

現在東西の電力は計100万キロワット分しか融通できない。これは「送電線を両方から引っ張る必要のある周波数変換所よりも発電所を建てたほうが経済的」(藤本副社長)というからだが、実際は電力会社が相互に乗り入れ競争することをいやがっていた節もある。

だが、一橋大学大学院の橘川武郎教授が「周波数の問題は電力会社間の競争を生み、自由化を促すことになる」と指摘するように今後大きな問題となりそうだ。変換所の増設が地域独占を崩すことにつながるからだ。

いわゆる「東東合併」もありうる。東電よりも東北電力の経営はさらに厳しい。復興費のみならず経営地盤の被災により、電気料金を回収することすら難しい状況が続くだろう。経営が悪化すれば東電との合併により両社とも大合理化を迫られるかもしれない。

電力だけではない。ガス会社や石油会社を巻き込んだ総合エネルギー会社の誕生もありうる。世界の資源獲得競争が激化するなかで、国の資金を得ながらエネルギーの安定供給を担う企業があってもおかしくはない。

いずれにせよ、東電や現在の電力体制がそのまま残ることはないだろう。原発ショックが一段落すれば、東電ひいては電力業界の解体、再編が始まるのは必定である。

読んでいただき m(_ _)m

検索できる最新の避難所情報


グーグルは3月17日、「Google 避難所情報ページ」を開設し、被災者を受け入れている場所のリストを公開したことを発表した。これまでGoogleマップ上で公開していた情報は被災前の情報を基にしていたが、毎日新聞の協力を受け、最新情報にアップデートしている。

これに伴いグーグルでは、避難所情報の受け付けを開始。個人向け情報入力ページや、企業/自治体/組織向けの連絡サイトを設け、情報の提供を呼び掛けている。

なお、個人向けの避難所情報入力ページはPCおよび携帯電話からアクセス可能。情報の誤りを発見した場合は、更新ページ(PCのみアクセス可能)にて修正情報を受け付けている。

以下




Google避難所情報


個人向け情報入力ページ


報道機関、自治体、社会福祉協議会向け 避難所一覧データ提供フォーム

ツイッターより


@ohnuki_tsuyoshi
大貫剛
「これは東電が起こした人災だ」
には、僕は同意しません。日本で原子力発電をしているのは、東電が他を押し切ってやったことではない。政府がアメリカから技術導入し、ずっと推進してきたことです。僕はこの政府の有権者であり、人災であるなら僕も責任の一端を担っています。



atyの反論
このツイートはおかしい。国が推進してきたことは承知の上です。予期せぬ大地震「後」東電の対応のまずさを人災だと皆さんは言ってると思う。そのご、人災を促進している仲間に政府も入りましたがね。有権者どうのこうのいう次元の問題ではないでしょ。緊急時の対応は初動で将来の明暗が決まります。只今どうなっているのか現実を直視してください。

初動対応が遅れるとこんなもんですよ。







ツイッターへの反論ではありませんが、ある方のブログより


只でさえ1000年振りの自然災害に苦しむ方々を土足で踏みつける無神経さに弩髪天を突く思いです。

今、金曜日に起きた天災より東京電力が起こした人災に苦しむ被災なさった方の不安感を目にして自分に何が出来るのかと考えています。

今現地では人手より物資、現金を必要としいるのが分かりました。

いつもですが「国境なき医師団」は既に現地入りしています。頭が下がります。

{節電に協力下さい?}これは東京電力に協力するということでしょうか? 私は厭です。どうして東電の不始末を一緒にしなくてはならないのですか?犯人である東電の幹部は現地入りしているのでしょうか?

何とお悔み申し上げたらよいのか自分の無力を哀しく思います。

東電の言い分を聞いていると、まるで彼らも被害者の様な言い方です。25%電力供給減だから、節電してくれ?バカもの!!

地震国で原発を建設した折、耐震強度を考えずに運転、金儲けを続けた結果でしょう。頭の悪い連中の集団ですね?

私の高校の同期生の自慢の息子が父親の希望を聞き入れ東電に入社しました。父親が如何に馬鹿か良く分かりました。入社したばかりに赤いスポ-ツカ-が欲しくしかもナンバ-プレイトは《品川》が希望だった由。父親が買ってやったと思いますが住まいは神奈川のある田舎の市です。そんなことが出来るのでしょうか?その馬鹿息子は日本海に面した発電所副所長なのを検索して知りました。馬鹿な父親の顔が眼に浮かびます・・・


福島第二原子力発電所で働く女性社員の出したメール


東京電力の福島第二原子力発電所で働く女性社員が、東電本社の幹部に、 現場の状況を電子メールで伝えてきた。 事故を起こした企業の社員であり、被災者でもある立場の苦しさも つづっている。両親の行方はわからないという。

メールを受けた幹部はかつて女性の上司として第二原発で働いていた。 幹部からメール転送された東電関係者が、社員の名と所属を伏せて 記者に見せた。 関係者は「いまの状況で見せることが適切なのか迷ったが、社員の 希望でもあり、現場の様子を知る参考にしてほしい」と話す。 メールの送信日時は23日正午過ぎ。送り主は46歳の事務職の女性社員だ。 次のような内容でつづられている。

「1F(福島第一原発)、2F(第二原発)に働く所員の大半は地元の住民で、 みんな被災者です。家を流された社員も大勢います。私自身、地震発生以来、 緊急時対策本部に缶詰めになっています。個人的には、実家が(福島県) 浪江町の海沿いにあるため、津波で町全体が流されました」

「実家の両親は津波に流され未(いま)だに行方がわかりません。本当なら、 すぐにでも飛んでいきたい。でも、退避指示が出ている区域で立ち入ること すらできません。自衛隊も捜索活動に行ってくれません。こんな精神状態の 中での過酷な労働。もう限界です」



海外メディアの過剰報道により日本人が想像する以上にイメージ悪化深刻。「全員ガスマスク付けて生活」

海外メディア自国向けの報道、衝撃映像が含まれています。

海外メディアの過剰報道により日本人が想像する以上に
イメージ悪化深刻。
「全員ガスマスク付けて生活」 
 

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テレビは何を伝えたか


ここの現場がテレビに映されるという意識は、たしかにパニックに陥らないための歯止めにはなったと思う。だが同時に、向けられたテレビカメラを実にいやなものとだ感じた。地震の日の午後、駅前の「コープ」に並ぶ人の列を写していたテレビクルー。地震の翌日、近所の「ダイエー」の開店を待って並ぶ1000人もの列をヘリコプターの超低空飛行で写して行った朝日新聞。そのあたりまでは、「仕事だもんね。ご苦労さん。」という気持ちがあった。

許し難かったのは地震から3日目、無断で社宅にはいって来たテレビクルーたち。会社のOBから震災見舞いにと差し入れられた食料を社宅の主婦たちが分けているところへものも言わずにはいって来て、カメラを回し始めた。ただのひとことの取材依頼もせず、やめてくださいと頼めば、「なぜ断わるか」とつっかかって来た外国のテレビクルーたち。彼等は一体何を写そうとして、そこまで傍若無人になれたのか。何の使命があったのか。そして私は、写されることに何故抵抗したのか。

たとえ丁寧な取材依頼があったとしても、救援物資を分ける場面にカメラを向けられることは決して嬉しくはなかった。救援物資が差し入れとして配られたということは、単に物があるところからないところへ移されたというだけのことだ。勿論、ありがたいと思えばこそ、感謝もするし、自然に頭も下がる。しかし、そこへテレビがやって来てその場面を写しはじめたとたんに、”救援にすがって生きる被災者”というあらかじめ決められたような構図の中に、全く無遠慮に、ただちに組み入れられてしまう。

それを承知で写されるか写されないか、それを決めるのは写される側であるはずだ。だがそんなことにはお構いなく、こうしてテレビは何の錦の御旗のもとにか、”自立しようとする被災者”の誇りを打ち砕き、”座って助けを待つ無力な被災者”へと仕立て上げて行くのだテレビは座って助けを待つ姿だけを映した。私にはそういう印象しかない。だが、それは被災者の本当の生活の姿などではない。避難所にいた人たちだって座っていたわけではない。

パン1枚を3人で分けたと言って、テレビの前で訴えた人がいた。それしかもらえなかったということばかりが強調されたが、地震の当日、パン1枚しかもらえなかったことの何が問題なのだろうか。そういう不満をもらした人がいたことは事実だろう。

それほど情けない気持ちになったのかもしれないし、あるいは、おにぎり一つ持たずに避難所にカメラを持ってノコノコやって来た人に対する、皮肉の表現だったかもしれない。報道記者の側にそれを感じるセンスがなかったということだろう。

問題なのは、地震の当日にパン1枚しか食べられなかったという訴えに飛びついた記者(または編集者)の取材センスだ。避難所となった学校が地震当日それしか用意できない、こんなことはあたりまえではないか。学校に備蓄はなにもなかったのだから。備蓄がなかったこと自体は問題だが、急を要する時にそれを責めるテレビの正義面というのはなんとも目障りだ。

備蓄がないのであれば、備蓄がないと伝えればいいではないか。パン1枚しかもらえなかったと訴える人を被災者の代表のように伝えることで視聴者の同情心を喚起し、そうやって救援物資を集めるのがテレビの使命だと言うのなら、それはテレビの思い上がりというものだ。「テレビは騒ぐのが使命だ。」と言った有名なキャスターがいたが、テレビが騒がないと人は救援物資を送らないとでも言うのだろうか。

いや、そうではない。テレビはドラマを仕立てたがる。それがテレビ局の都合だという以外、何の意味があるのだろうか。意味がないどころではない。パン1枚しかもらえなかったと涙ながらに訴えるのがテレビで取り上げられて放送されたとたんに、それを見た被災者は、テレビが伝える”被災者の役割”を演じはじめ、プライドを放棄し、立ち上がる意欲をなくすのだ。出来る判断を出来なくさせ、生きる気力を萎えさせるのだ。


被災者にテレビカメラを向けることは、そういうことにもつながるということを、報道者はわかっていてやっているのだろうか。地震で生活基盤を失った者にとって、生きるも死ぬも気力一つ。生きるか死ぬかの苦境に立たされた者は、プライドを捨てたら終りなのだ。それがわかっていて写すのと、わかっていないまま写すのとでは、おのずと写るものは変わるはずだ。

現実にはみんな、スーパーやコンビニで買って食べていた。今度の地震の被災地は、東西に長く、南北には狭い。山の手を上がったところのスーパーやコンビニのすべてが倒壊したわけではない。勿論、倒壊を免れた商店から放出された食料がすべての人に行き渡ったわけではない。だが、運良く手に入れられた食料は決して一人じめされたわけではなく、他の家族にもわけられていた。


相手のプライドを傷つけない程度において、親類が持って来たり、個人で手に入れたりした食べ物を融通しあうということは、どこでもあたりまえのことのように行われていた。確かに、財布を持ち出せた人もいれば、持ち出せない人もいた。

だが、持ち出せた人とて数千円かせいぜい数万円だろう。何十万円も持ち出した人はいない。それは、家が倒れなかった人も同じだ。自宅に何十万円も現金を置いておく人はいない。現に私の財布には、あの日、8千円しかはいっていなかった。そして、お金を持ち出せなかった人が無一文になったわけじゃない。銀行は早いところでは翌日には、通帳、印鑑なしの払出業務をはじめたのだ。


(もちろん本人確認のための手続きは必要だったから、免許証などを失った人は本人確認のために若干の日数を要したことは確かだが)そうした相互扶助からも取り残されてしまった人は確かにいたはずだ。だが、その人たちはおそらくカメラの目の届くところには座ってはいなかっただろう。カメラがとらえる範囲の外の、もっと隅にその人たちはいたのだ。その人たちの存在に気付いていたのなら、決してカメラを向けるべきではないその人たちの存在をカメラ以外の方法で伝えることは出来たはずだ。


多くの被災者はただ座って助けを待っていたわけではない。にもかかわらず、座っている人が被災者の全てのような伝え方を何故するのか、私は不思議で不思議でならなかった。被災者は被災者になったのではない、被災者としての役割の中にはめ込まれたのだと思う。勿論、被災者の中にも、すぐに立ち上がる者もいれば、なかなか立ち上がらない者もいる。その時差があることは確かだ。


だが、少し遅れてでも立ち上がることが出来た者が立ち上がる前に、”座って助けを待つ難民”という役割の中にはめ込まれた。その図式を作ったのは明らかにテレビだと思う。

座り込む暇もなく、自助活動に走り回っていた者たちは、テレビにうつっていない。いや、現場のクルーの多くはその場面も写したはずなのだ。”悲惨”と”哀れ”の方程式では伝え切れないものの存在を肌で感じていたはずなのだ。だが編集の段階で、”東京”で座っていた編集者たちの貧しい経験から思いつく構図の中にはめ込みうる場面だけが編集され、それが放送されたとしか思えない。それがテレビというメディアの限界なのか、それとも、編集権や放映権を行使する地位にまでのぼりつめた一握りの人たちの個人としてのヒューマニズムやイマジネーションの限界なのか。


”情”というものにウエートが置かれた報道があってもいいとは思う。だが、災害は情ひとつで乗り切れるものではない。リアルタイムでの報道に関しては、報道する側の人の生半可なヒューマニズムは時として邪魔になる。災害の現実をはじめから「人間ドラマ」として捕えてもらっては困ることもある。
報道記者たちが現場にやって来て、何もかも失って困り果てている被災者と、それを助けに来た人たちの間にかよった人間同士のふれあいに感動したことは確かだとしても、そんなことはあえて強調しなくたって伝わるはずのものだ。


報道記者たちが、ヒューマニズムの表現者としての手法を使いたいのなら、それこそ個人のホームページのような、個人のメディアを使ってくれと言いたい。何度も言うが、被災者は座って助けを待っていたわけではない。消防士も警察官も電話会社の職員も、スーパーやコンビニの店員さんも、個人商店のおやじさんも、医者も看護婦も、学校の先生も市役所の職員も、そして私の夫のような銀行員も、みんな助けが来る前から職場に直行して、立て直しのために働いていたのだ。


地震の直後から、テレビはスーパーの前に並んだ人の列は伝えたけれど、店のなかで必死に立て直し作業をしていた人たちのことを伝えていない。それを伝えようとするメディアが何故出てこないのか、私は不思議でならなかった。街に残っていた人たちだって、みんな走り回って火事を消したり、素手で埋っている人を掘り出したり、滅茶苦茶になった家の中を立て直したり、買い出ししたり、地震が起きたと同時に活動を始めていたのだ。そういう必死の自助活動や支え合い行動をテレビが伝えただろうか。


生存者はレスキュー隊や自衛隊によって助けられたように思われがちだが、そうではない。レスキュー隊や自衛隊が到着するはるか前に、近所同士の必死の救出活動は行われていた。屋根や壁を素手で剥がし、挟まれて動けなくなっている人をひきずり出し、息のある人を戸板に乗せて病院に運んだのもまた同じ被災者だ。


もしも、もっと早くレスキューや自衛隊が救助に駆けつけていればもっと多くの人が助けられたはずだ、という無念は残る。もしもそこにバール一本、のこぎり一本あれば、梁や柱に挟まれてついに助け出せなかった人を助けることは出来たのに、そういう無念は確かに残る。だが、予想をはるかに超えた緊急事態下で最も重要なことは、救助を依頼し、救助隊の到着を待つことではない。


人や道具の到着を待つことではない。今あるものを使い、または、ガソリンスタンドや消防署などへ駆けつけ道具を自ら調達し、ガレキの下に埋っている人に呼びかけ、返事のある者から先に、掘り出せる者から先に救出する。一人でも多く人を助け出すには、これしかない。これが唯一無二の方法なのだ。
そして、生存者の大部分はこの方法で助け出された人たちだ。その結果、彼等は”生存者”となったのだ。生存者の大部分は同じ被災者によって救出された。この事実を伝える視点をテレビは持っていなかった。


必死の救出にもかかわらず自ら火に巻かれそうになり、断腸の思いで現場を離れざるをえなかった大勢の人々。それは言い換えれば、ギリギリまで救出活動が行われていたということだ。だが、そういう捕え方で伝えたテレビがあっただろうか。日が暮れるまで救出活動を行った後、避難所へ行った人も大勢いる。


その時、避難所はすでに満員ではいる余地もなく、一晩中外で過ごした人も大勢いる。この事実を視聴者は知らされていただろうか。大災害の中で、”それに直面した人間が自らどのような行動をとったか”という一番大事なことを、テレビは伝えてはいない。いかに多くの人が必死の救出活動を行い、いかに多くの人がガレキの下から助け出されたか、それはインターネット上に存在する膨大な数の個人の記録を読めばわかる。


テレビだけを悪者にして片付けるつもりはないが、”悲惨”と”哀れ”の大合唱という画一的な報道の嵐が、被災地の中にも、被災地の外にも、あらたなトラウマを生んだことは確かだろう。今、日本中に広がる一種の震災アレルギー。あんなことが起きたら最後なす術もなく、もう死ぬしかないという思い込みは、テレビが作った思い込みだ。


そうして人々は”危機”というものに対して、ますます無頓着になって行く。もしもあの時、大災害のただ中にいながら必死で働いていた人間たちの確かな足取りをうつしてくれていたら、それは日本人とって次なる危機に向けての貴重な備え、貴重な財産となったはずだ。


さらには、テレビは、災害下においても守られるべき”人権”ということをきちんと論じただろうか。
地震初日の避難所で3人に1枚のパンしか配られなかったことは、”人権”とは何の関係もない。
しかし、5日たっても1週間たっても同じ状況であれば、それは明らかに人道上の問題となる。それを前もって回避させたのがテレビの働きであったと言うのなら、地震から2か月も3か月もたった時、避難所の劣悪な環境の中でなおも難民生活を続けなければならなかった避難者の人権があきらかに踏みにじられているということをテレビはきちんと論じただろうか。


きちんと税金を納めている同じ日本国民が、大地震で住む家を失い仕事を失い、まさに難民生活としか言いようのない生活を2か月も3か月も強いられているにもかかわらず、それをきちんと伝えるべき時期に来た時、テレビは被災地にさっさと背中を向けて、折しも起こった地下鉄サリン事件の方へと大挙してなだれ込んで行ってしまった。


肝心なことを何も伝えないジャーナリズムとは一体何なんだろうか。人々がついに耐乏生活の限界に陥ったまさにその時、対象に背中を向けるジャーナリズムとは一体何なんだろうか。パン1枚しか配られなかったことへの問題意識とせめて同じ程度の熱意で”人権”を論じることの出来ないジャーナリズムとは一体何なんだろうか。

地震という”危機”がもたらした本当の危機を国民に伝えないまま報道を終えたジャーナリズムの罪は重い。テレビはこの償いをどうつけるつもりなのだろか。だが同時に見落としてはならないことがある。それは、被災現場で取材に当たったテレビマンや新聞記者たちもまた、大きな心的外傷を負ったはずだということだ。

現場で直接取材に当たった者と、現場から遠く離れた場所で編集に当たった者との温度差に悩み続けた3年間が彼等にもあったことだろうと思う。被災地の外からやって来た彼等の多くは、震災で家を失ったわけでもなく、家族を失ったわけでもなく、家具ひとつ、茶碗ひとつ失ってはいない。だが、大災害による心的外傷というのは、物質的には何ひとつ失わなかった人にも降り注ぐということを見落としてはならない。それは、ボランティアにやって来た人にも同じことが言えるだろう。


災害後報道に絶対に必要な長期的視点が分断されてしまったことの後ろ側には、現場で取材に当たっていた報道者たちが図らずも獲得してしまった心的外傷があるのではないかという気がしてならない。それでも新聞などの文字媒体によるメディアは、充分とは言えないまでも、今もなお継続的な報道を続けている。それに対して、テレビは本当にあっと言う間に去って行った。


現場での取材のやり方そのものの中にも、被災現場の中で取材者が被ることになる精神的ダメージを回避しようという”無意識”が、テレビ取材陣には特に強く働いたのではないかという気がしてならない。「被災者は悲惨で哀れなもの」という既成の概念をあてはめて事に当たることで、つまり概念であらかじめ武装してしまうことで災害現場のリアリティーの外側に自らを置き、トラウマの被災から免れようという”無意識”が、何故かテレビ取材陣には強く働くようだ。


テレビというものは、映像と音声とを記録さえしてしまえば、それだけで何がしかのものが伝わってしまう。極論すれば、リモコンでやっても現場中継は出来てしまうだろう。取材者がその目で現場のリアリティーを見ようが見まいが、報道はそれなりに成立する。トラウマの被災から免れようという”無意識”の中に、テレビの取材者は逃げ込もうと思えば簡単に逃げ込める。


「これはひとごとだ。」というバリアを張っておいても、それなりの取材は出来てしまう。言い換えれば、そうでもしなきゃやってられない商売だということだ。被災者にカメラを向けるということは、それほどおっかないことなのだろう。

現場にいた若いテレビクルーたちは、そのジレンマに悩んだことだろう。大災害下でのトラウマの被災というものの根の深さ、複雑さを感じると同時に、自己ケアーの道も探られなければならない。そして彼等には、伝え残したものをもう一度伝えるために、戻って来てほしいのだ。


しつこいようだが、話しをもう一度、地震当夜に戻そう。地震の当日、せっかく避難所にはいって現場中継をしたにもかかわらず、避難者にマイクを向けたインタビュアーが聞いたことは、「今、一番何が欲しいですか?」という質問ばかりだったことを覚えておいでの方はたくさんいるだろう。ついさっき、家を失い、家財を失い、家族までも失った人に向かって、「今、一番何が欲しいですか?」と聞くことがインタビューだと思っているリポーターたちの馬鹿さ加減にあきれたのは私だけではあるまい。


その答えようのない質問に対して、「食べ物と水をください。」と答えてみせた被災者の弁だけを取り上げ、かねての段取りどおり放送に乗せることのどこが報道なのだろうか。避難所に水と食べ物が必要なことはあたりまえのことであって、報道しなければ伝わらないようなことではないではないか。
水と食べ物以外の何が必要なのか、それを浮かび上がらせるのが報道ではないか。


地震の当日、せっかく避難所にはいって現場中継をしたにもかかわらず、報道者たちは何故その日、この未曾有の大災害の真っただ中にいた”目撃者たち”の生の証言を取ろうとしなかったのか。地震発生から何時間もたって現場に到着した報道者たちは、災害発生時の証言者にはなりえない。報道が開始される前の現場で実際何が起こり、どのような状況が表出し、人々が何をしたのか、それを埋められるものは、”目撃者証言”以外にはないではないか。


初日の目撃者証言をきちんと取っておけば、地震発生直後から、市民レベルでの救出活動がただちに始まっていたことが浮き彫りになったはずだ。そして、そのことがきちんと報道されていれば、地震災害において現場に居合わせた者の初動がいかに大切か、救助が到着する以前の自助活動がいかに重要かということを、緊迫したリアリティーをもって全国に伝えることが出来たのではないだろうか。


テレビの前に釘づけとなっていた視聴者にとって、それは遠い国の他人ごととはならなかったはずだ。
たしかに、地震当日の避難所で「あなたのお宅や近所はどういうことになりましたか?」とインタビューすることは、インタビュアーにとってはこの上もなく恐ろしいことだろう。聞き方によっては、袋叩きにも逢いかねないという恐怖感が先にたつだろう。


被災者感情というものを先回りして配慮した結果、「今、一番何が欲しいですか?」などというヘッピリ腰の質問しか出てこなかったということもあるのだろう。だが、被災者でありながら被災地の状況についての情報をほとんど知ることの出来ない状態におかれていた避難者たちに対し、今現在、報道者として把握し得た情報をまず提供し、共に戦う者としての姿勢を示した上で、それぞれの現場でどのようなことが起こったのかの証言を求めれば、メッセンジャーとして自ら名乗りを挙げる人は必ず出てくるはずだ。テレビは何故、この最も重要な作業を怠ったのだろうか。


災害報道というのは、当事者と報道者の間に相互の信頼と連帯を築きつつ、長期に渡って報道が続けられない限り、到底まともなものにはならないだろう。”災害中継”と”イベント中継”とが全く同じ手法で行われてしまうこの国のテレビ報道の底の浅さは、被災地上空にヘリコプターで飛んで来て「まるで温泉地のようです。」と現場中継をやらかした、ある有名なニュースキャスターの浅はかな手法に集約される。


彼にとって始めて見ることを目の前にしながら、見たことのある風景で説明をつけて、それのどこが報道なのだろうか。なぜテレビはいつも風景ばかり、映像ばかりで、それにとおりいっぺん、さもわかったようにおしゃべりな解説をつけて終わりにするということを繰り返すのだろうか。その挙句、被害の”哀れ”を映像に残すことでカタをつけて、次の”祭り”へと去って行けてしまうのは何故なのだろうか。

映像は文字媒体や言語媒体にはない力を持っていることは確かだ。だが、阪神大震災のような膨大な人数の被害者を出す大災害というものは、映像によって被害の状況をつぶさに写し出したとしても、災害によってもたらされた”現象”を映すだけでは捕え切れないものが多すぎた、ということが言えるのではないだろうか。

テレビは災害現場や、助けを待つ人の群れは写しても、戦っている人間の姿は写せない。戦っている人間の姿を伝える手法を何一つ持たないままセンセーショナルな映像ばかりが垂れ流され、”災”と”倒壊”と”難民の群れ”が震災の全てだと思い込まされた視聴者たち。この罪を残したまま、テレビは本当にこれで終りにするつもりなのだろうか。


災害というものは、単なる”現象”ではない。災害現場というのは、すなわち戦いの現場なのだ。そのあたりまえの視点をなぜテレビは持てないのだろうか。「まるで温泉地のようです。」などという情景描写がニュースキャスター氏の口から平気で飛び出してくるのは、まさに災害を現象としてしか捕えていないからであり、彼には温泉地のように見えたその現場で戦っている人間への視点を持ち合わせていないからに他ならない。


そう簡単には終らない、今もなお続いている人間の戦いをテレビは何故追い続けようとはしないのか。
戦っている人間の姿を映す手法を持たずして、何が災害報道なのだろうか。伝える意味がどこにあるのだろうか。


初回:98.2.27|一部改訂:98.3.2、98.3.3、98.3.6、98.3.10、98.3.12
阪神淡路大震災より

緊急時における地域情報共有の提案


「ぐるっぽを立ち上げました。」

次に予想される関東以西地域の大地震に備え地域情報の重要さが
今回の東北関東大震災で見直されています。

備えあれば憂い無し

政府、自治体ばかりに任せていては遅れを取ります。
(相当の混乱が予想されます)

ブログでもメールでもいいと思いますので、参加いただけたらと思い

提案させていただきました。

全国に展開するのが望ましいと思いますね。



基本的にはブログがメインで地域情報の共有を目的とし
副としてPCのメールアドレスか携帯のメールアドレスを
共有できると理想なのですが、ブログだけでも構いません。


いい知恵を出し合ってみませんか♪




避難所生活で発生する弱者


我家ではさくらんぼの花が満開です。


避難所生活が長期化すると、様々な問題が生じ始め
食事や入浴やトイレといった問題だけではないことが
より深刻さを増します。

それは「プライバシーの確保」ではないでしょうか。

避難所には被災者だけでなく被災地救援のために
駆けつける行政の職員やボランティア
そういった初対面の人たちが大勢いる中で自分の生活を
さらけ出すことは多くの人にとって大変な苦痛となり


避難所を訪ね歩いたジャーナリストの冨田きよむ氏は
最も弱い立場に置かれる存在として、乳飲み子を抱えた
若いお母さんや着替えをしたい女性
生理中の女性などを挙げています。

母親用の授乳のためのスペースは避難所には準備されておらず
母親は日に何度となく、人目をはばかりながら授乳せざるを得ない。
また、昼夜の区別なくなく泣きやまない赤ん坊によって周囲の

冷たい視線にさらされることもある。
一方、被災者が受けたショックや不安などを察すると
そういう反応をしてしまうことも一概に非難できないだろう。

また、女性が着替えをしようとしても視界を遮るものがないため
トイレの中で着替える人が出てくる。

狭く、ただでさえ混み合う女性トイレの中での着替えを強いられ
また生理の時であっても、トイレ待ちの長い列に並んで順番を
待たなくてはならない、そういった女性たちも避難所の弱者となり得る

さらには、疲れきって仕事から避難所に「帰宅」する人も
疲れを癒すスペースがない厳しい生活を強いられる。

避難所で一人当たりの占有スペースは、横になれる面積に洋服の
収納ケース2個分程度という場合もあり、そこで自宅から持ち出した
荷物や救援物資とともに「生活」せざるを得ない。

そういう「住環境」で一番多いトラブルは
「いびき」で、家族との間でさえケンカの原因にさえなるのに
赤の他人のしかも極端にプライバシーが確保されない状況では
相当なストレスとなることは想像に難くない。

夜眠れずに体調を崩し入院するお年寄りも多くいるのが現実のようです。


災害防災コラムより引用

東京は餓死の危機に直面していますか?


ここ岐阜県でも灯油が品切れのGSがあります。
ガソリンの給油量制限をしているGSもあります。
しかし、

これは品薄ではなく、被災地に回っていると解釈できます。

被災地の方の困窮を知るいい機会です
ありがたいことではないですか。


原因として千葉県、宮城県、の製油所の打撃が
大きかったこともあります。
被災地に届けるといって携行缶でガソリンや灯油を
買い求める方もいらっしゃいますが事故に遭えば
発火炎上する危険がありますのでお勧めできません。


どこで煽られているのか、買占め、買いだめ、をして
自分だけよければいいという恥ずかしい行為はこの際
止めていただいた方がいいですよ。

元を正せば真実を隠す東電、政府に回帰しますが・・・

日々是自適さんのブログ

救援物資の偏り


寒さの続く中、被災地で救助活動を行っている皆様お疲れ様です。

避難所の皆様、もうしばらくお待ち下さい。



あるトラックドライバーの話。

救援物資の足りない避難所と

だぶついている避難所があるようだと語っている。

届け先を指定されていなく

受け取ってもらえる避難所だったら何処でもいい。



だぶついている所の救援物資を、足りないところに

ヘリで搬送するなどの連携を強めてほしい。


傍で見ているほど簡単ではないだろうけど・・・



仕分けは、得意だったでしょうが!!





被災地に取り残された犬




総理はつらいよ ヨシからエダへ

何を今更ですが、愚痴ります。


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Wolfgeneral

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