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atyの徒然ブログ
メヒシバ(イネ科)あまりにもありふれているので見向きさえされませんが、和名の雌日芝は日照りに強く、同じイネ科のオヒシバは(雄日芝)に比べて穂が細くやさしいイメージであるところから名づけられた。オヒシバの方がより踏まれ強いそうです。















$atyの徒然ブログスズメノカタビラ(イネ科)
スズメノテッポウと並んで世界の至る所に分布しているイネ科の道草の類で、スズメは小さいことを意味しており、カタビラ(帷子)は単衣(ひとえ)の着物のことで、花穂が帷子の襟に見てとれないこともない。古い時代に麦類の栽培とともに各地に帰化した植物とされていいます。











atyの徒然ブログオオイヌノフグリ(ごまのはぐさ科)オオイヌノフグリは、ヨーロッパ原産の帰化植物で、1890年頃に東京に帰化したことがわかっている。路傍や畑の畦道などによく見られ、早春からコバルト色の花を咲かせる。春の訪れを感じさせる植物の1つで、花弁は4枚、雄しべは2本。同じ属にイヌノフグリがなければ、この花のイメージからはもっと可憐な名前がついたに違いない(笑)








atyの徒然ブログ花の終る初夏の頃、翡翠色の球を2つ並べたような果実が出来る。その果実が犬のお尻を背後から眺めた時のふぐり(睾丸)によく似ていることから命名されたそうですが、口にし難く気の毒な名前に思えてしょうがないですね。
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竜馬像

若い頃読んだ司馬遼太郎の「竜馬がゆく」が私の竜馬像である。

映画化され(テレビ)俳優も何人かの人が演じた。

当たり前の事だが、歴史小説はひっくり返す様な新事実が

出てこない限り歴史どおりの展開をしてゆく。

何月何日に何があった史実は覆されないから、歴史にのらない

日をいかに面白く表現するかが腕なのだろう。


江戸に剣術修行に出て見聞を広めていく過程では竜馬を

取り巻く男たちも竜馬に劣らぬ脇役で盛り立てている。

女たちも、千葉道場の「さな女」福岡家の「お田鶴様」

寺田屋の「お登勢」「おりょう」姉の「乙女(おとみ)」

が絡み、素晴しい。


司馬さんの描く竜馬は、立小便をして手に付いた滴でビンを

掻きあげる所作。などなどいたるところでリアルさ、

アクロバティックな表現が多い。だから今のドラマは見ない事に

している。脚本の違いが大きいのだろうが私には、

司馬さんの竜馬が生きている。

中谷幹人


俗に言うハイカイ(徘徊)を時々楽しんでおります。

十人十色、よく言ったものです。

様々な言葉で表現、発信されていますがバラエティに

富んでいて、浦島太郎が竜宮城で時の経つのを忘れた

そんな気分に浸れますね。




そんなおり、アメンバーになっていただいた方で

ジャズピアニストの、中谷幹人(なかたにみきと)さんを

紹介させていただきます。


atyの徒然ブログ


私の稚拙な説明より、百聞は一見にしかずです。
演奏をお聞きになってください。



中谷幹人で検索されればヒットします。
音楽教室もやっておられるようです、興味のある方
門を叩いてみたら如何でしょうか。


ブログめぐり

山本コウタローとウイークエンド 岬めぐり


漫画

横山隆一さんの、朝日新聞に連載されていた漫画を

連載が終るまで楽しんで見させていただいた。


長年勲章を作り続けた人が、その功により勲章を授与され

感涙している(授与されるのは自分の作った勲章である)


日本人の人情が伝わって来るのと、ちょっぴり風刺の効いた

内容だが微笑ましかった♪

亡くなった際の新聞取材に対し隆一の娘は

「現代ではおどろおどろしい絵や話のものが漫画と呼ばれて

しまっている。本当の意味での『漫画』は終わった」

と語っている。





武士道

武士道

この書物は、新戸部稲造がベルギー法学の大家との散歩中、話が

宗教に及び日本の学校に宗教教育はないと答えた新戸部稲造に対

し”どうやって道徳教育をするのだ”と驚かれた事が発端となり

書かれたそうだ。



幼少の頃から空気の様に入ってきて,いつの間にか自分の道徳の

根底になっていたのが武士道であったと述懐している。

武士道は英語で書かれ、諸外国でベストセラーとなった。出版は

明治33年であります。


武士は卑劣なことを恥とし、西洋の様に契約書を交わさずとも

信頼が最も尊い証文となる。感情表現を心の中にとどめ、武士は

食わねど高楊枝、平和な世の中にあっては困窮する武士も居たが

けっして人前では弱音を見せない。


戦場におけるフェアプレイ、好敵手と認めた相手には名を名乗り

敬意を表わして戦う。やあやあ、遠からん者は、のアレです。


今川氏と北条市が武田信玄の領国に塩止めをした折、上杉謙信が

貴殿と戦うのは刀であって、塩や米ではないと塩を送った話は

つとに有名です。


主君には忠義を尽くし、礼を重んじ、名誉の為ならば損得勘定は

しない。義、すなわち正義の道理には無条件で従いつつ、仁の心

武士の情けを高潔とする。


               
外国人が理解できるよう、サムライの姿が事細かに綴られている
               


武士の妻にも言及しており、家庭的であれ、そして女傑でもあれ。

少女達は成人に達すると懐刀と呼ばれる短刀を与えられた。

いざという時に身を守る為、それ以上の頻度で純潔を守る為

短刀は使用された。


主人が戦に赴けば、家庭を守るのは母親である。男社会の様に

思われる武士の世界だが、実は、女性の持つ役割は大きい。


日本語のごく当たり前の表現として、自分の妻の事を愚妻と

へりくだることがある。これは、日本人の結婚観が夫婦は半身

という考え方に由来している。


自分自身の事を、聡明な私、と自画自賛して表現はしない。その

考え方から自分の半身をけなして呼ぶことは、サムライの間で

通例行われていた習慣であったように思う。


武士道の精神は、武士だけではなく、日本人の道徳の基本と

なった。そして、士農工商の身分制度がなくなってからも

広く生き続けている。


私は日本人に生まれたことを誇りに思いたい。自分の信念を

貫くには、確かに不自由な面もある。 吉田松陰が刑死前夜に

したためた歌は、まさに日本人の心を代弁しているだろう。


かくすれば かくなるものと知りながら 

やむにやまれぬ大和魂

葉隠

武士道とは 死ぬことと見つけたり

はがくれ

葉隠 の中で特に有名な一節ですが有名すぎて、葉隠全体の伝える

武士道精神が、この一節に集約されていると曲解される事もある様です。



江戸中期に備前国鍋島藩の藩士、山本常朝(-じょうちょう)が武士

としての心得を説明した言葉を、田代陣基(-もとつら)が筆記した

記録であります。


決して、死を美化したり自決を推奨しているだけの書物ではなく嫌な

上司から酒の誘いを断る方法、部下の失敗をフォローする方法など

現代のビジネス書に通じる心構えが記述されているのですね。


武士道とは、戦や切腹だけの教えではなく、武士は江戸時代「士農工商」

という身分制度の中で最高の地位であり、ひとたび戦が起きると主君の

為に駆けつける。しかし、平和な江戸時代にそうそう戦争など起こるもの

ではありません。



日常、街の中を二本差しで(大小ともいう)闊歩する武士は町人や農民の

憧れであり模範でもありましたから、それゆえに、武士には様々な規律

が代々課せられていたのであります。



そういった武士の精神を、外国人に理解させる為に

新渡戸稲造(にとべいなぞう)の「武士道」があります。


時間のある方は、秋の夜長読んでみてはいかがでしょう。

では又

違い

大相撲は名古屋場所から異例尽くめでありましたが

今場所は白鵬の連勝が何処まで伸びるか止まるか

で大いに盛り上がりました。



表彰式もTV観戦でしたが、復活したスポンサーの

懸賞などでこちらも盛り上がりましたね。


内閣総理大臣杯は、菅直人総理自ら表彰式に臨まれ

総理大臣杯を手渡されていました。


実はこの時の野次が辛辣であったと、東国原宮崎県知事

が自身のブログに書かれています。



以下、一部引用

僕より前、内閣総理大臣賞で菅総理が土俵に上がると、

凄まじい野次が飛んだ。「売国奴!」「辞めちまえ!」・・・・・・・

公衆の面前でのこういう野次はちょっと辛い。

こういう野次に耐えなければならない首相って大変だな~と

つくづく思った。


そのまんま日記



中国に大相撲はないが、国家主席フーチンタオ(日本読み、コキントウ)

を大衆の面前で野次ったらどうだろうか、軽くて銃殺刑は間違いない

だろう。

元々野次れないでしょうがねぇ(爆)



この差なんですよ、自分の意見が言えない国と、表現の自由は余るほど

あるがNOと言えない日本人の違いは。

国益

中国は大きく自らの利益を損ないましたね

世界に中国がどういう国かを発信した訳ですから。

恫喝外交が功を奏する訳が無いでしょうよ

今は飛ぶ鳥を落とす勢いの中国ですが、いつまでも

あると思うな好景気or国民の支持。



老獪な駆け引きには長けているのに正比例し、誠意には真に乏しい

と言うより誠意の欠如甚だしいお国柄、脅し恫喝銃殺は茶飯事。

この度発信した尖閣諸島問題の対応、隣国は中国の恫喝外交を

憂い、腰砕けになった日本国の外交に憤慨(口にこそ出しませんが)


はっきり言えば、中国何する者ぞです。


私の中国批判は、日本国憲法の前文に記されている。

「専制と隷従 圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようとする

国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」



これに基づいています。

人情

二十代半ばの頃、五人くらいで美味い物探しに行った先で
心温まる経験をしたことがあります。
冬の寒い日の朝、場所は北陸片山津温泉、と言っても
温泉に宿泊したわけではないのですが、夜中に名古屋
を車で出発して、目的地付近に早く着きすぎ、空き地
で焚き火をし暖を取っていました。


あたり一面霜で真っ白、相当冷え込んでいたようでした。
朝の七時頃だったと記憶していますが、着物姿の品のいい
中年の女性、(一見して女将さんか仲居さん)が朝の挨拶
をして通り過ぎようとしているのに声をかけて、食べる物
を売っている店の場所を聞いて見ると、近くには無いという
あったとしても十時頃しかこの辺では店を開けないと言う。

(今と違い、コンビニがあるわけではなく)


暫くして先ほどの女性が大きな紙袋を持ってやってきて
焚き火をしているし、お餅でも如何ですか、餅が一番
温まるかと思い持って来ましたどうぞ食べてください。

人の扱いに慣れているとでも言うか、物怖じしない振る舞いは
接客で培われたものなのでしょうか。
押し付けでもなく、ごく普通にでしたが、体より何より心が
温まりましたね。

グラス片手にJAZZを聴きましょか

JAZZでリラックスしましょ

ギクシャクしてるねぇ せめて心はゆったりと










皆様はどうお考え?

経緯

日清戦争が日本側の優勢で終幕を迎えつつあった1895年1月14日、日本政府は「いずれの国にも属していないことを確認したうえで尖閣諸島を沖縄県に編入した」との見解を現在(2008年6月)の日本政府は出している。これ以後、一貫して「領有」してきた。当時の清国は日清戦争に失敗し、西洋列強は清の領土や特権をめぐって激しい競争にあった。時の日本政府はこのまま「領有」を続け、1971年まで日本の「領有権」に異議を唱えた国は存在していない。




台湾は
しかし、1969年および70年に行なわれた国連による海洋調査で、推定1095億バレルという、イラクの埋蔵量に匹敵する大量の石油埋蔵量の可能性が報告され、結果、周辺海域に石油があることがほぼ確実であると判明すると、ただちに台湾がアメリカ合衆国のガルフ社に周辺海域の石油採掘権を与えるとともに、尖閣諸島に上陸し「青天白日旗」を掲揚した写真を撮らせ世界中の通信社に配信したため、日本政府が抗議した。

当時の琉球政府も、尖閣諸島が石垣市に属することを前提に警察本部の救難艇による警備を実施し、接近した台湾漁船に退去を命令する等の活動を実施していた。1970年9月には魚釣島に掲揚されていた青天白日旗を撤去し、米国民政府に保管している。




中国は
中国(中華人民共和国)は、明の時代、琉球への冊封使の報告書である古文書に釣魚台を目印に航行したとの記述があることや、江戸時代の日本の学者が書いた書物にある地図の彩色などを主張の根拠に挙げているほか、密やかに「領有」を実現し国際社会に宣言しなかった等の歴史的な経緯から見ると、日本の所謂「領有」は国際法上の意味を持たないと指摘している。

中国の汚染(再公開)

説明、但し書きもいりません。皆さんが安い安いと言って
買っている食品こんな環境で作られています。













ところで、冷凍餃子問題って決着したっけ?
中国にはこの手の問題が余りにも多いので・・・

冷静下来、中国 (頭を冷やせ中国)





















東シナ海に領土問題は存在しない



 

30年前の老後

岐阜県恵那郡岩村、現恵那市岩村町。

岩村城、信長に殺されましたが、女城主でご存知の方も

おられるのではないでしょうか。



秋の気配漂う彼岸花がまだ残っている頃、史跡を訪ねぶらりと

でかけた史跡探訪の旅。

散策の後畦道に座り店で買った握り飯をほうばっていると、

品のいい年老いた女性が近くの民家からお茶を

持ってきてくれた。


当方大変恐縮し、お礼の言葉を述べ、話しているうち互いに

打ち解け世間話の序に出身地や仕事のことなど話し、

年老いた女性は、連れ合いと二人暮しで子供もいない

という事であった。


家は大きな構えの民家で、二人暮しはさぞかし寂しいだろうなと

思いつつ世間話に時間を費やし、秋の日は釣瓶落としの如く、

気がつけば山の端に沈む寸前です。



世間話の後に、もし、私たち夫婦の老後の面倒を見ていただけるの

でしたら全財産を無償でお譲りしますが如何でしょうか。



咄嗟の言葉に戸惑いましたが、私の歳が若かったのと、お宮仕えの

しがない身の上故、後日必ず返事を持って再訪させていただきます。

そう言って辞したのでした。



都会の雑踏に塗れ、仕事に忙殺され、岩村での約束を忘れたわけでは

ありませんでしたがお宮仕えの定番、転勤の辞令を受け離れた土地に

行くことになりとうとう約束を反故にした形になってしまいました。



転勤がなければ、両親を早くなくした私には、財産目当てでなく

親代わりとして此方からお願いしようという気持ちになっていたのです。



寝れない秋の夜長、徒然に思いを馳せ老女に深く頭を下げています。

いきざま


親子は姿かたちが似ている、中には似ていない人も居る

覚えておきたいことは、姿かたちが似る以上に”生き様”

いきざまが似るという事、因みに周りを見て御覧なさい

似ているでしょう”生き様”が。



同じ運命を辿っているでしょ 

私の例で述べると、母は若くして他界した。

私の妻も若くして他界している。

歴史はちゃんと繰り返しているのですよ



離婚された両親を持つ、とある女性

適齢期になり結婚しました。

幸せそうでとても破局が訪れるなんて

周りはおろか当の本人も知る由もない

しかし、歳月を経て離婚しましたね。



何が原因か・・・

自分で気付くことが一番いい

それを運命だと思っている人には

解決策は永久に見えてこないだろう。

ビックリマーク 永久に ビックリマーク

頭を冷やせ


ギスギスし始めた日中関係 

指導部もこれくらい砕けなきゃ

おいてきぼりを喰らい末世ドンッ

中国と北朝鮮のわがままには

もう秋田!

そんなわけで再公開 
ダウンダウンダウン


2010年04月29日(木) ”老婆”保護法テーマ:atyの戯言

姥捨て山に行くハナシではありません。

必見!! 中国の“妻”保護法
 
ネットで中国の面白い“法律”を見つけた。以下にその全文と翻訳を掲載する。



老婆=妻、奥様、家内
  老公=亭主、主人、旦那


☆は訳文

中华人民共和国老婆保护法

☆ 中華人民共和国“妻”保護法



第一条 老婆洗澡时要量好水温,抓痒擦背;
不得有贪图淫欲之行为。

☆第一条 妻がシャワーを浴びている時は水温を確認し、
かゆいところをかいてあげ背中を流してあげること。
淫らな行為を企図してはならない。



第二条 老婆血拼时要勇于付款,多所鼓励;
不得有不情不愿之行为。

☆第二条 妻が必死に買い物している時は勇んで代金を支払い、
もっと買うよう妻をよく励ますこと。気が進まず、
ためらうようなことがあってはならない。

* 妻の欲しがるものは何でも買ってあげるのが男の度量。



第三条 老婆上菜时要赞不绝口,多吃几碗;
不得有偏食挑菜之行为。

☆第三条 妻の料理は口を極めて褒め称え、
多く食すること。
偏食や好き嫌いをしてはならない。

* ここらへんは日本でもデフォルトか。




第四条 老婆睡觉时要炎夏扇风,寒冬暖被;
不得有打呼抢被之行为。

☆第四条 妻の睡眠時、寝苦しい夏はうちわで扇ぎ、
底冷えする冬は布団を暖めてあげること。
いびきをかいたり、
掛け布団を奪い取ったりしてはならない。

* 後半は私のことを言っているかのよう・・・。




第五条 老婆给钱时要含泪感激,省吃俭用;
不得有奢侈浪费之行为。

☆第五条 妻がお金をくれた時は感激に涙し、
質素節約に励むこと。
贅沢や浪費をしてはならない。




第六条 老婆无聊时要搏命演出,彩衣娱妻;
不得有毫无所谓之行为。

☆第六条 妻が退屈している時はステージに上がって
必死に演出し、妻を楽しませること。
どうでもいいという態度を取ってはならない。




第七条 老婆训诫时要两手贴紧,立正站好;
不得有心不在焉之行为。

☆第七条 妻が訓戒を垂れている時は気をつけの
格好で直立すること。
心ここに在らずになってはならない。




第八条 老婆犯错时要引咎自责,自揽黑锅;
不得有连累老婆之行为。

☆第八条 妻が失敗した際は進んで責任を
引き受け、罪を被ること。
妻に累を及ぼしてはならない。

* すべては愛のため




第九条 老婆哀伤时要椎心泣血,悲痛欲绝;
不得有面露微笑之行为。

☆第九条 妻が悲しんでいる時は胸を叩いて血の涙を流し、
死ぬかのようにひどく悲しむこと。
微笑みをたたえるようなことがあってはならない。




第十条 老婆晚归时要耐心等候,欢颜以对;
不得有大发雷霆之行为。

☆第十条 妻の帰りが遅い時は辛抱強く待ち、
喜んで迎えること。
雷を落としてはならない。




第十一条 老婆不在时要朝思暮想,守身如玉;
不得有偷鸡摸狗之行为。

☆第十一条 妻が不在の時は朝に夕に妻を思い、
玉のごとく身を守り大人しくしていること。
人目をはばかるような行為をしてはならない。




第十二条 老婆高兴时要张灯结彩,大肆庆祝;
不得有泼洒冷水之行为。

☆第十二条 妻が喜んでいる際は提灯を下げて、
大いに祝福すること。
冷や水を浴びせてはならない。

* 冷や水を浴びせないのが身のためでもある。




第十三条 老婆失眠时要彻夜陪伴,帮忙数羊;
不得有梦见周公之行为。

☆第十三条 妻が眠れない時は徹夜で伴をし、
一緒に羊を数えること。
夢で周公(*)に会ってはならない。

* 「周公」は中国古代の賢人、周公旦のこと。
  「夢見周公」の一説は「論語」の述而篇にある。




第十四条 老婆敷脸时要提供方法,以身试法;
不得有哈哈大笑之行为。

☆第十四条 妻が顔パックをしている時は新しいパックの
方法を教え、自ら試して薦めること。
大笑いしてはならない。

* 私は妻の顔パックを見て、思わず笑ってしまった。ごめんなさい。




第十五条 老婆唱歌时要如沐春风,赞叹不已;
不得有忍笑不禁之行为。

☆第十五条 妻が歌を歌っている際は春風に浴して
いるかのように絶賛すること。
思わず笑ってしまうことがあってはならない。




第十六条 老婆生气时要跪地求饶,恳求开恩;
不得有不理不睬之行为。

☆第十六条 妻が怒っている時は跪いて許しを請い、
寛恕を懇願すること。
取り合わない態度に出てはならない。



第十七条 老婆打老公时要任其蹂躏,谢主隆恩;
不得有还手瞪眼之行为。

☆第十七条 妻が夫を殴った際はその蹂躙するに任せ、
その厚い恩に感謝すること。手を返したり、
目を剥いたりしてはならない。




第十八条 老婆考试时要帮忙读书,圈画重点;
不得有事不关己之行为。

☆第十八条 妻が受験する際はその勉強を手伝い、
ポイントに丸を付けておくこと。
我、関せずの態度を取ってはならない。




第十九条 老婆演讲时要不时点头,深表赞同;
不得有顺口反驳之行为。

☆第十九条 妻が演説している時は折に付けてうなずき、
賛同の意を表明すること。
口から出任せに反論してはならない。

* 反論は災いのもと。




第二十条 老婆审问时要发誓赌咒,以表忠诚;
不得有漫不经心之行为。

☆ 第二十条 妻が尋問している時は誓いを立てて
忠誠を示すこと。
無頓着であってはならない。




第二十一条 老婆开车时要温言教导,释其紧张;
不得有增其繁扰之行为。

☆第二十一条 妻が車を運転する際は暖かい言葉で
指導し、緊張をほぐしてあげること。
決して邪魔をしてはならない。




第二十二条 老婆亲亲时要热情有劲,卖力求好,
不得有口齿不分之行为。

☆第二十二条 妻がキスをしてきた際は情熱的に
一生懸命、これを求めること。
歯で噛むようなことがあってはならない。




第二十三条 老婆痛痛时要勤买葡萄,按时热敷;
不得有任其疼痛之行为。

☆第二十三条 妻が痛みを訴えている際は頻繁に
ブドウを買い(*)、時間通りに温湿布すること。
痛みに任せたままにしてはならない。

* 直訳したが、なぜ「ブドウを買う」のかは意味不明。
この「痛み」とは生理痛のことらしい。




第二十四条 老婆临幸时要予取予求,持之以恒;
不得有力不从心之行为。

☆ 第二十四条 妻が夜を求めてきた時はすぐに答え、
あくまでやり通すこと。
力及ばずであってはならない。

* 「疲れてるんだよ!」という言い訳は許されない。




第二十五条 老婆不要时要泪往肚流,自行解决;
不得有金钱买卖之行为。

☆第二十五条 妻が不要な時も涙は心で流し、
自分で解決すること。
金で売買をしてはならない。

* そこのご主人、涙を拭いて!




第二十六条 男士读此文时要多加赞赏,不得有怒眼圆睁之行为,
女士读过此文时要多加借鉴,不得有视而不见之行为。

☆第二十六条 男子がこの文を読む際は良く賞賛を加え、
怒りに目を剥いてはならない。
女子がこの文を読む際は良くこれを手本とし、
見て見ぬ振りをしてはならない。




第二十七条 以上条文若与宪法抵触者,
中华人民共和国宪法视同无效。

☆ 第二十七条 以上の条文でもし憲法に抵触するものが
あれば、中華人民共和国憲法を
無効と見なす。

* 妻は憲法より尊し。

 以上。


天網恢恢疎にして漏らさず。


天の張る網は一見粗いが

決してその網から悪を逃すことはない。

有名な、老子の言葉である。



この天網に引っ掛かったのが


日本の固有の領土、尖閣諸島

我国の排他的経済水域で

漁をしていた中国の漁船なのである。

・・・・・・

しかし、国境を接している二つの国

イデオロジーが同じからなのか

世界に通用しない駄々をこねる

粛々


生々しい現場の状況。
記事と直接の関係はありません。


領有権が絡む問題だが、日本は刑事事件として

処理している。処理の仕方を誤ると今後の

日中関係に影響を与えるだろう。


中国は、船長の交流延長が決まったことで、強行姿勢

を強めてきているが、日本は此処が正念場だ

法治国家として国内法にもとづき粛々と司法手続きを

進めるべきで、躊躇があってはならない。


中国への反論、国際社会への証明のため、当時の

衝突状況を写したビデオを公開したらどうだろう。



「東シナ海に領土問題は存在しない」

尖閣諸島は日本固有の領土なのだから。



貫くこと


財布の中身と、妻のことは人様の前で語らない

これを貫き通してきた私は言うまでもなく頑固で

古風な人間である。

自負はしていないが・・・




「夫」も 「妻」も 昔は「つま」といわれていた

つまり連合いのことは人様の前で

あまり話さない方がいいということらしい



うちの旦那がさぁ

うちのヤツさぁ


この言葉がでたら、吸わない煙草を


買う振りしてその場を離れる


私であります。


李下に冠正さず


瓜田に沓入れず


当にそれでしょうなぁ




古人は稲妻は稲を孕ませると言っている

これは科学的にも証明されているそうで

雷の多い年は米が豊作ともいうそうだ。



関係ないか・・・

つまと財布には






諸行無常
いろはにほへどちりぬるを  

是生滅法
わがよたれぞつねならむ   

生滅滅已
うゐのおくやまけふこえて  

寂滅為楽
あさきゆめみじゑひもせず



昨深夜ブロ友の父上の訃報がとどきました

心よりご冥福をお祈りいたします。


合掌


秋の夜長に







グラス片手にお寛ぎ下さい   Take Five

ひと夏の声

空蝉(うつせみ)

手にとると、ふわっと軽くて、少し力を入れれば
かさかさと潰れてしまいそうな危うさ。
 
しかし、美しいとは言えないこの蝉の抜け殻を
こんなに美しい言葉で呼ぶ日本人は素晴しい。
 
 
この世に生きている人や、現世のことを
うつしおみ(現身・現人)と言っていましたが
これが転じて、うつそみ → うつせみ となり
空蝉にかけたように思えます。
 
 
蝉が何年も土の中で過ごし、ようやく脱皮して
鳴けるようになっても、数日しか生きられないのは
ご存知の通り。
 
そのはかなさと、この世のはかなさを
昔の人は重ね合わせたのでしょう。
 
 
はかなくても、空しくても、精一杯生きるのは蝉も人も同じ。
 
この夏、全身全霊の声で、鳴いた蝉・・・

初秋

色取月 いろどりづき   

9月の異称
 
 
 
 
”長月”は、夜が長くなることから、こう呼ばれるようになったそう。

“秋の夜長”のそれです。
 
 
夜が長ければ、夜中に目覚めることも多くなり?

”寝覚月”ねざめづき という言葉も生まれ
 
 
菊の花の季節ということから、菊月 菊見月 菊開月

稲を刈ることから 稲刈月 小田刈月
 
 

旧暦では
 
木の葉も色づき始めるので 紅葉月 そして”色取月” とも
 
 
まだ、日中の暑さは残るものの、台風一過の空は、抜けるように真っ青

まだ咲き残っている夏の花々に加えて、秋の花が咲き始め

 
 
昔とは違った意味で、この時期、彩り豊かな月と、言えるかもしれません。

真心の頂き物


この一月余に



手に入れた宝物二つ



無形の物



目立たぬカタチで



そーっと届きました。



ありがとうございます。



前記事”紙一重”かも知れません。




紙一重

紙一重という言葉が使われますが


この紙一重が凄いですね



イワシの頭も信心から、とか



溺れるもの藁をも掴む、とか




信心を半ば軽視した言い伝えもあります。



しかし、仏法に限って言うと



この紙一重がとてつもない



力を出しているのだそうです。




功徳というものを目に見える形で顕したら




全世界の衆生が仏教徒になるだろうといわれています




それをしないのが、また、仏法の慈悲だとも





朝に夕に手を合わせ、感謝の念で





合掌礼拝をする人と、しない人




この積み重ねが





功徳となり、薄い紙一重は






凶刃銃弾をも防ぐ力があるといわれています。

男色と日本人



男色といえば、キリスト教文化圏においてはとかく白眼視され、変態であるとか性的倒錯であるとかいって、社会的迫害の対象とされてきた。だが歴史的にこれをみれば、男色に寛容な社会はいくらでもあった。日本もまたその例にもれない。

歴史上男色で知られるのは古代ギリシャである。古代ギリシャの男色は少年愛という形をとった。あのソクラテスでさえ、少年愛をもっとも尊い愛の形としていたことは、プラトンの対話編にあるとおりで、「饗宴」の中では、若いアルキビアデスがソクラテスとの男色行為にそなえて、いろいろと仕草をする場面が描かれている。

日本の男色はそう古いことではないらしい。「日本書紀」神功皇后摂政元年二月条に,小竹の祝と天野の祝との間に男色が行われていたことをうかがわせる記事があるが、これは例外で、古代日本に男色が行われていたとする記録はほとんどない。

日本で男色が普及するのは、平安時代以降、それも寺院という特殊な社会の中でのことだったようだ。支配的な立場にある僧侶が、弱い立場の稚児を相手に男色行為を行った。これを彼らは仏教言葉を以て美化し、衆道といった。衆道は後に若衆道などといって、武士をはじめ社会の各層に伝わっていった。

寺院は女人禁制を旨とする男だけの社会であるから、このような行為が普及したのだと思われる。猿や一部の鳥の社会にも、メスの獲得に失敗したオスが、同姓同士で性的な代償行為を行う例が知られている。それと同じような意味合いなのだろう。

男色が趣味として普及するのは平安末期、院政時代である。保元の乱、平治の乱は、鳥羽上皇と藤原家成、後白河上皇と藤原信頼の男色関係を軸にして、互いの対立から起こったとされる。この時代、男色は出世の道具ともなり、まさに「事件の裏に男あり」の観を呈するに至った。

保元の乱の当事者藤原頼長も男色の愛好家で、その日記「台記」には、さまざまな男たちとの男色行為が生々しく記録されている。

「亥の時ばかり、讃丸来る。気味甚だ切なり、つひに偕に精を漏らす、稀有のことなり、この人常にこのことあり、感嘆最も深し」

ここにある讃丸とは讃岐守藤原成親、頼長自身は左大臣である。いづれも栄華を極める貴族層で、正妻も妾もいる。女日照りには縁がないこの二人が男色行為に喜びを感ずる。記述から見ると、互いに相手の一物を刺激しあい、同時に射精しているようだ。それを頼長は感慨深く回想している。異様な妖気を感じざるをえない。

室町時代以降戦国の世になると、男色は戦場の武士たちの間で大いに流行った。信長と森蘭丸、謙信や信玄の小姓相手の男色は戦国大名のもう一つの顔をうかがわせるものとして興味深い。

一般の庶民の間でも男色が流行したことは、能の番組などを通じて伺うことができる。「松虫」や「花月」は男色を描いた作品といわれているし、義経を主人公にした「鞍馬天狗」も男色の能とされている。三田村鳶魚翁などはこれを以て、能は変態の芸能だといっているほどだ。

徳川時代を通じても、男色は能楽と並んで武士のたしなみとされた。その気風は幕末まで衰えなかったようで、維新の志士と呼ばれる西国の田舎侍たちの間では、男の友情を固めるものとして衆道が大いにもてはやされたそうだ。




男同士の睦みあい、異様としか言い様がない。

たしなみというより、欲望の吐き出しだろう。



酔う



酔いにも様々です。


酒に酔い


雰囲気に酔い


尊敬する人の言葉に良い


ストーリーに酔う。




人それぞれサマザマです。



しかし、



自分の言葉に酔い



挙句の果てに涙ぐみ



言葉に詰まり



10年一日の如く自己弁護ばかり



正しいのは自分であり



悪いのは




国家権力である。




ムネオ君の記者会見を見て




あいも変らずだなぁと思ったわたしであります。





反省の弁はついぞ聞かれなかった。





彼を選んだ人たち




恥ずかしい思いをしていないかなぁ




Lady Gaga


目は 心の窓とか

ガガメイク ご参考までにどうぞ







参考にならんか

でも やってみる価値はありそうだが・・・




三店方式

私は若い頃、魔物が介在しているだろうと思えるパチンコで痛い目にあっている。だからと言うわけではないが、パチンコ業界と警察の弱腰(癒着)について切り込んでみたいと思う。以下を読んでいただければ弱腰でなく癒着と言いたくなる意味が理解できると思います。


日本において賭博は刑法で禁じられており、公営ギャンブルをはじめとする別の法に定められたもの以外では金銭を賭けた賭け事を実施することはできない。


パチンコについては特に風俗営業法第23条により遊技場営業者が「現金又は有価証券を賞品として提供すること」が禁止されており、そのためパチンコでは出球を現金ではなく景品と交換している。


しかし、実際は特殊景品と呼ばれる景品を介在させることで、出球を金銭と交換することが事実上可能になっており、この特殊景品を用いた営業形態を「三店方式」という。


これによりパチンコはギャンブル的な要素を持つとされている。


特殊景品はかつてはボールペンやライターの石、ゴルフボールなどだったが、1990年頃に金商品が導入された。



1.パチンコホールは客の出玉を特殊景品と交換する。

2.客が特殊景品を景品交換所に持参すると、古物商である景品交換所は特殊景品を現金で買い取る。


3.景品問屋が景品交換所から特殊景品を買い取り、ホールに卸す。


景品交換所は、ホールとは別の法人が各都道府県の公安委員会に古物商の許可を受けて営業する。これは風俗営業法第23条は遊技場営業者が「客に提供した賞品を買い取ること」も禁止しているからである。




よって三店方式により、あくまでホールが提供した「景品」をホールとは無関係な「古物商」が買い取っているに過ぎないという建前にしているのである。これによりパチンコ業界は違法性を逃れている。




実際はこの形式は形骸化しているが警察などはそれほど問題視しておらず、景品交換所に偽造景品が持ち込まれた詐欺事件の被害届がホールから提出された事例もあるが賭博や風営法違反などの捜査は行われていない。




しかし、これには異論もあり、たとえばジャスダック証券取引所は「出玉の景品を換金する業界慣行の合法性があいまいなため、投資家保護を果たせない。」としてパチンコ店チェーンの上場を認めていない。



だが、パチンコを賭博として起訴した例は過去に存在しないため、裁判所によってパチンコ及び三店方式が、刑法の賭博罪に当たるかどうかについての判断は示されていない。



しかし、この莫大な利益の一部が何所を経由して何所に渡っているのか知ってほしい気がする。
負けてカリカリしているあなた!!




長月の閑話

ことわざ

君子危うきに近寄らず



よみ

くんしあやうきにちかよらず



いみ

行いや行動の正しい人は、危ないことに近づかないものである。





しようれい

そんなサイトには行かないよ「君子危うきに近寄らず」というからね。




ひとくちメモ

インターネットの世界でも、

色々なご商売や

色々な表現や

色々な邪推や

色々なウィルスなどあるようで。

危険な事も多い気がします。




「君子危うきに近寄らず」

と言いますので。

気をつけて、ネット生活を心がけたいものですね。
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